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旧態依然としたPTA。頭のカタイ役員たちを変えるには?<半径3メートルの倫理>

半径3メートルの倫理

 子どもが小学校にあがると、しばしば謎ルールに面食らう。たとえば欠席連絡。メールか電話ですみそうなものだが、近所の子どもに連絡帳を渡し担任に届けてもらわねばならない。「朝は忙しくて対応できないから」という理由に釈然としなかったが、コロナでメール連絡システムが一斉導入された。災害級の出来事が起きないと、非効率な慣習は変わらないらしい。

 そうした旧態依然としたシステムの最たるものがPTAだ。昔ながらのやり方を頑として変えない役員たちにイライラ......という経験をした方も多いのでは?

 そんな身のまわり=半径3メートルの中にあふれる些細なモヤモヤに、ちょっと変わった視点から答えてくれるのが、オギリマサホさんの『半径3メートルの倫理』(産業編集センター)だ。

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 高校で倫理を教えながらイラストレーターとしても活躍しているオギリマサホさん。本書では、誰もが抱きうる20の疑問・お悩みに、古今東西の哲学者の見識や言葉を引用しながら回答している。

 BOOKウォッチでは、4つのお悩みを抜粋してご紹介! ウイットに富んだ回答もさることながら、イラストもシュールで味がある。あなたのモヤモヤも晴れるかも......?

 前回は「男女の『一線』はどこにあるのか?」という質問を取り上げた。今回は、小学生の子どもを持つ母親からの「口だけで何もしないPTA役員を変えるには?」という質問について、フランスの思想家、モンテーニュの言葉をもとにアドバイスしている。

習慣を変えるのはなぜ難しいのか?

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 相談者は小学3年の娘がいる42歳の女性。去年からPTAの係を担当している。本部役員は長年決まった人がやっていて、集まっても井戸端会議をするだけ。それなのに、人にはあれやれ、これやれと指図してくることにイライラ......。作業の効率化を図りたいと提案しても、「今までこうやってきたんだから」の一点張りで、頑なにやり方を変えようとしないという。

「今後の人たちのためにも、今の時代に合った方法を提案し、採用して欲しいです。こちらの意見を受け入れてもらえるにはどうしたらいいですか?」
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モンテーニュの答えは...?

(以下、本文より)

 早いもので、21世紀になってから20年が経過しました。21世紀にもなれば車は空を飛び、家事はすべてロボットが担い、人々は銀色のピッタリした服を着て、ご飯の代わりにサプリメントを飲むような生活を送っているはず......と昭和の子どもは思っていました。 さすがにそこまではいきませんでしたが、現在の社会は昔に比べて格段に進化し、便利になっています。学校の現場でも、電話連絡網の代わりに一斉メール、ガリ版の代わりにパソコンで作られたプリントなど、ここ十数年の間に大きく変わりました。

 一方で、旧態依然とした部分はいまだに残り続けているのも事実です。なぜ新学期に雑巾を2枚持っていかねばならないのか、なぜわが子の欠席の連絡を連絡帳に書いて近所の子に渡さねばならないのか、なぜ調理実習のメニューは昭和の時代から粉ふきイモのままなのか......。「なぜ」と考えても「今までこうやってきたから」という以外に答えが出てきません。あなたが今お悩みのPTA組織も、学校における旧態依然の最たるものと言えるでしょう。

 確かにあなたの指摘する通り、古くからのやり方を変えることなく固執する役員たちの態度は、第三者から見れば非効率的で非合理的なもののように思われます。しかしこれをすぐに変革するということも難しいものです。なぜならば、そのやり方が役員たちにとって習慣化してしまっているからです。ではなぜ習慣は変えることが困難なのでしょうか。 このような人間の習慣について考えた人に、16世紀フランスの思想家であるモンテーニュがいます。宗教対立による戦争が激化していた当時のフランスにおいて、何が人間をそのような残虐さに駆り立てるのかを考えたモンテーニュは、その人間観を『随想録(エセー)』に著しました。

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 『随想録』の中でモンテーニュは、時間をかけて我々の内部に浸透した習慣は、我々の考えや行動に支配的な力を持つことを、世界各地のさまざまな習慣を例に挙げて説きます。一生髪も爪も切らない国がある一方で、右手の爪しか切らない国がある。またある国では左半身の毛を剃って、右半身の毛だけを伸びるだけ伸ばす......、などなど、他の地域の人から見れば非合理的で訳がわからない習慣であっても、その地域の人々はそれを頑なに守っていくのです。このような国で「毛は全身剃るのが合理的なんですよ」といくら説いたとしても、おそらく聞く耳も持ってはもらえないでしょう。モンテーニュは、「習慣の命令を理性的に反省することは、われわれには不可能である」と断じます。その人々にとっては、習慣は理性や自然法則よりも重視すべきこととなるからです。

 またモンテーニュは、こうした習慣の上に成り立つ法律についても、「法律を変更することにより生まれる利益」よりも「変更することで生じる弊害」の方が大きいと考えました。なぜなら全体の組織はさまざまな要素が結び合わさって成立しているため、一部分のみを揺り動かすことは不可能だというのです。

 この状況を変革するためには大変な労力が必要となることが予想されます。考えられる手段としては、少しずつ味方となる人を巻き込んで新たな習慣を作ってしまうことでしょう。ただしその頃には、あなたのお子さんもとっくに小学校を卒業しているかも知れませんが。

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 次回(3月22日配信予定)は、「子ども同士のつきあい」について考える。

■オギリマ サホ(Saho Ogirima)さんプロフィール

1976年、東京都出身。イラストレーターとしてシュールな人物画を中心に雑誌や書籍などで活躍する一方、中高一貫校で社会科講師(倫理)として教壇に立つ。「散歩の達人Webさんたつ」で「さんぽの壺」、「文春オンライン」で「文春野球コラム」など、イラストコラムを連載。著書に『斜め下からカープ論』(文春文庫)がある。


※画像提供:産業編集センター/オギリマサホ


  • 書名 半径3メートルの倫理
  • 監修・編集・著者名オギリマサホ(Saho Ogirima)著
  • 出版社名産業編集センター
  • 出版年月日2022年2月16日
  • 定価1,650円(税込)
  • 判型・ページ数四六判・144ページ
  • ISBN9784863113251

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