「ままならない人生に疲れたら、遥か彼方に目を向けてほしい。今は見えなくても、幸せの星は何度でも輝く。」
2020年に刊行された『八月の銀の雪』が直木賞候補、山本周五郎賞候補に選ばれ、2021年本屋大賞6位に入賞するなど、今注目の伊与原新(いよはら しん)さん。
最新長編『オオルリ流星群』(株式会社KADOKAWA)は、行き詰まりを感じている人に読んでほしい、人生の隠れた幸せに気づかせてくれる物語。
「スイ子」こと山際彗子(けいこ)が故郷へ帰ってきた。太陽系の果ての星を探すため、手作りで天文台を建てるという。彗子に協力することになった旧友たちは、28年前の日々に思いを馳せる。やがて高校最後の夏の真実が明らかに――。
物語の舞台は、神奈川県央の西部にある秦野市。主な登場人物は、秦野西高校の元同級生5人。久志と千佳が交互に語り手となり、進行していく。
種村久志 薬剤師。実家の薬局を継いだが、経営状態は厳しい。
勢田修 番組制作会社を退職。法科大学院を修了。実家に戻り、司法試験に向けて勉強中。
梅野和也 産業用機械メーカーを退職。3年間実家にひきこもっている。
伊東千佳 獣医になる夢を諦め、中学校の理科教師をしている。
山際彗子 国立天文台を退職し、秦野に戻ってきた。
「一九七二年生まれの、四十五歳。もう人生の折り返し地点を過ぎただろう」――。まさに「ミドルエイジ・クライシス」「思秋期」の真っただ中、という感じで久志はもやもやしていた。
「幸せ」について、こんなことをぼやく。幸せホルモンを出し続けて生きていける者などいない。人間は幸せにも慣れてしまうから。人間の体には恒常性というものがあり、大きく振れたメーターも、必ずいつもの位置に戻るようにできている。つまり、幸せの瞬間は自分にも確かにあったが、魔法は驚くほど早く解けてしまった、と。
「とにかく自分は、わからなくなっているのだ。この先、どう生きていきたいのか。(中略)何年も心の底に積もり続けていた迷いが、不安と焦りが、喉もとまでせり上がってきたのだ」
彗子が秦野に戻ってきたことで、久志の停滞気味だった日常が動きだす。「天文台を、作るつもりなんだ」――。なんと、彗子は丹沢(たんざわ)の山にDIYで天文台を作るという。
生まれ育った街で家業の小さな薬局を継いだ久志にとって、天文学はあまりに遠くまばゆい世界だった。彗子がまるで宇宙人のような存在に思えた。
久志の心の片隅に、ずっと何かが引っかかっている。それは彗子に対する嫉妬と羨望だった。「彗子が人生につまずくところを見てみたいという自分がいるのを、うっすら感じていた」。修や千佳のように、彗子を応援することができない。
「宇宙の謎を語る彗子の瞳は、何かを渇望しているようにも、満ち足りているようにも映った。(中略)そんな彗子が無性に妬ましかった。同時に、自分はなんてつまらない人間なのだろうと思った」
中年になり、あきらめモードになったり誰かを妬んだりする気持ちは、わかる気がする。だからこそ、彗子のこのセリフが沁みた。
「四十五歳に限らず、ある程度歳をとったからできるってことは、あると思う」
「今は、物事にはいろんなやり方があるってことを知ってる。歳を重ねた分、知識もあるし、知恵もついたから」
28年前の夏。文化祭に出展するため、久志たちは空き缶1万個を使って巨大なタペストリーを制作した。「あれはまさに、特別な夏だった」「あんなに激しく感情が揺さぶられる季節は、この先自分には二度と訪れてくれないだろう」と思うほど、今も鮮明に覚えている。
中心で作り上げたのは、久志、修、和也、千佳、彗子の5人。じつは、ここにもう1人いた。タペストリーを作ろうと言い出した張本人の恵介だ。しかし、完成する前に仲間を抜けた。そしてこの1年後、19歳の夏に恵介は死んだ。
久志たちは高校3年生の夏を再現するかのように、今度は一緒に天文台を作ることになる。あの夏、恵介に何があったのか。過去に思いを馳せながら、今、再び前進することができるのか。
「みんな、同じだ。こんなはずではなかった。なんでこうなってしまったのか。ときにそんなため息をつきながら、四十五歳を懸命に生きている。十八歳のときに思い描いていた人生とは、まるで違う日々を」
不惑を過ぎたはずがまだまだ惑っている彼らに、自分を重ねる人も多いだろう。ここでは、中年を迎えた大人たちへのメッセージに焦点を当てて紹介してきた。DIYや天文にかんする緻密な描写も、本書の読みどころだ。
『オオルリ流星群』特設サイトでは、試し読み、著者インタビューを公開中。
■伊与原新さんプロフィール
1972年大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。2010年『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。19年『月まで三キロ』で第38回新田次郎文学賞を受賞。20年刊の『八月の銀の雪』が第164回直木三十五賞候補、第34回山本周五郎賞候補となり、2021年本屋大賞で6位に入賞する。
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