夫婦同姓と夫婦別姓、自然分娩と無痛分娩、理想の母親像、母乳とミルク、ワンオペ育児、ベビーカー問題......。
妊娠・出産・育児を一括りに語ることはできない。ただ、ほとんどの人がきっと感じているであろう、共通の「違和感」みたいなものはある。
松田青子(まつだ あおこ)さんの著書『自分で名付ける』(集英社)は、そうした「違和感」を吹き飛ばす「史上もっとも風通しのいい育児エッセイ」。本書は、「すばる」(2020年5月号~2021年3月号、5月号)の連載を加筆・修正したもの。
「連載が終わる頃には夫婦別姓ができるようになっていて、私が書いているようなことはすでに過去のことになっているんじゃないかな」と、松田さんは思っていたという(「実際は、夫婦別姓に関しては、むしろ後退してしまった」)。
「それでも、自分にとって、妊娠と出産にまつわるあらゆることが不思議で、面白くて、腹立たしくて、信じられないことばかりで、すぐに過去のことになってもいいから書きたかった」
松田さんは、結婚しないまま2019年に出産。「私は、日本では、結婚すると女性の名字が変わるのが常々納得いかなかった」。現状、名字を変えるのは9割以上が女性側という。名字が変わっても、女性側は同情も賞賛もされない。
「もちろんこの世界にはいつだって例外はあるけれど、これまではだいたいの場合、これがスタンダードとされてきたのではないだろうか」
女性側が名字を変えることが暗黙の了解であり、なんだかなぁと思うけれども異議を唱えるわけにもいかず......。現実には、そうしたケースがほとんどなのだろう。
しかし、松田さんは「私は名字を変えるつもりない」と伝えた。11歳下の相手も「そうだよね」と応じ、特に話し合うこともなかったという。
ところが、そこから次第に「不思議なこと」が起こりはじめた。その1つが、区役所で母子健康手帳をもらった時に「名前を鉛筆で書いてください」と言われたこと。
「(自分の名字は)"仮"のものだと他者に思われているのだ、(中略)自分はそんなことないと思っているのに、周囲にあなたの体、半分透けてますよ、と言われるような」
松田さんは国内外の映像作品や書籍に詳しく、ところどころ作品解説を織り交ぜている。気になる作品が見つかるかもしれない。自分の感性を大切にするブレない軸といい、感情が高まった時に出てくる関西弁といい、1度読めばハマる文章だった。
■目次
1章 「妊婦」になる
2章 「無痛分娩でお願いします」
3章 「つわり」というわけのわからないもの
4章 「理想の母親像」とゾンビたち
5章 「妊娠線」は妊娠中にいれたタトゥー
6章 「母乳」、「液体ミルク」、「マザーズバッグ」
7章 「ワンオペ」がこわい
8章 「うるさくないね、かわいいね」
9章 「ベビーカーどうですかねえ」
10章 「名前」を付ける
11章 「電車」と「料理」、どっちも好き
12章 「保護する者でございます」
相手を「夫」でも「パートナー」でもなく、「X」と表記している点も新しい。本人同士は、いちいち相手を「夫」だの「妻」だの考えながら生活しているわけではないといい、そうした"肩書き"を使っていない(ちなみに、子は「子ども」でも「息子」でもなく「O」と表記)。
「私は自由に生きているつもりはなくて、いろいろ窮屈に感じていることのほうが多いし、真面目に生きている。制度や『普通』の枠におさまっていないから自由、というのはちょっと違うように思う」
「名字を変えたくない」という気持ちを尊重するには、「普通」を諦めるしかなかった。「制度のほうが、『普通』の枠を広げたらいいやないか」と、現状の「普通」に物申す。
世間には、母親になった女性や子育て中の女性に対する「こうに違いない」「こうであってほしい」という「強固なファンタジー」があるという。その1つが「母性」。
「だいたい、あらゆることが心配でうわーってなったり、日々進化していく様に感動してうわーってなったり、なにかと、うわーってなる、この絶え間のないいろいろな気持ちを、私の気持ちを、『母性』にまとめられるって心外だ。知らんやろ、それぞれの人の、それぞれの気持ち」
タイトルの「自分で名付ける」には、子の名前を付けるという意味ともう1つ、「普通」とされている物事を自分でとらえ直す、という意味もあるのかもしれない。
■松田青子さんプロフィール
1979年兵庫県生まれ。同志社大学文学部英文学科卒業。2013年、デビュー作『スタッキング可能』が三島由紀夫賞および野間文芸新人賞の候補となる。19年『女が死ぬ』(『ワイルドフラワーの見えない一年』を改題)の表題作がシャーリイ・ジャクスン賞候補、21年『おばちゃんたちのいるところ』がLAタイムズ主催のレイ・ブラッドベリ賞候補に。他の著書に『持続可能な魂の利用』、『男の子になりたかった女の子になりたかった女の子』、翻訳書にカレン・ラッセル『レモン畑の吸血鬼』、アメリア・グレイ『AM/PM』、ジャッキー・フレミング『問題だらけの女性たち』、カルメン・マリア・マチャド『彼女の体とその他の断片』(共訳)、エッセイ集に『ロマンティックあげない』、『じゃじゃ馬にさせといて』などがある。
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