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マタギが「オコゼ」の姿干しを持ち歩いていた理由

  • 書名 消えた山人 昭和の伝統マタギ
  • 監修・編集・著者名千葉克介 著、塩野米松 解題・編
  • 出版社名農山漁村文化協会
  • 出版年月日2019年8月 7日
  • 定価本体2500円+税
  • 判型・ページ数B5判・160ページ
  • ISBN9784540151002

 東北地方の山中でクマ撃ちなど狩猟を生業としてきたマタギ。その生態をドキュメントした本は何冊かある。大別して、長年の同行取材をもとに実相に迫ったものと、マタギ本人からの聞き書きを軸にしたものに分かれる。本書『消えた山人――昭和の伝統マタギ』(農山漁村文化協会)は前者の最新刊。タイトルからも分かるように、もはや本当のマタギは消えた、と哀切を込めている。

347枚の写真と同行ルポ

 著者の千葉克介さんは写真家。1946年、秋田県の角館町生まれ。主に東北をテーマにした写真を多く手がけてきた。実家は農家だが、江戸時代にはマタギをしていた形跡があるそうだ。幼少時の記憶では、玄関にカモシカの皮がつるされていた。父親はまだ火縄銃や村田銃を持っていたという。のちに分かったことだが、ほかにも家にはマタギ特有の山刀やお守りなど、江戸中期にさかのぼる貴重な資料が残っていた。

 千葉さんが子どものころ、母親はサルの毛皮に赤い裏地を付けて防寒着にしていたし、姉もテンの毛皮をマフラーにしていたそうだ。

 その意味では、本書はマタギの末裔によるマタギ研究書と言えなくもない。実際には、千葉さんは若いころとくにそのようなことはまったく意識していなかったという。地元で写真の仕事をするようになり、マタギ研究者の太田雄治氏(元秋田魁新報記者)と交流するようになってから、次第にマタギの虜になり、深入りすることになった。いわば仕事を通して、実はご先祖もおそらく江戸時代はマタギ仕事をしていたようだ、と再発見したわけだ。

 千葉さんがマタギの取材をしたのは昭和57(1982)年から平成2(1990)年までの9年間。主として「玉川マタギ」(秋田県仙北市田沢湖玉川)と、「百宅マタギ」(秋田県由利本荘市鳥海町百宅)のところに通った。「玉川」は秋田の岩手県境、「百宅」は山形県境の、いずれも山深いところだ。

 昭和最後の9年間、わずかに残る伝統マタギの狩り、皮はぎの神事、熊祭り、山の神祭り、小屋がけ、火起こし、装束や猟具などを撮影し、347枚の写真と同行ルポ、聞き書きから伝統マタギの全貌を浮かび上がらせたのが本書だ。

意外にも「海人」と交流

 初めて知ったのだが、「山人」のマタギは、意外にも「海人」と交流があったようだ。これには正直おどろいた。本書の「マタギとイカ釣り」の項目でたっぷり紹介されている。マタギが狩猟したカモシカの角がその昔、三陸地方のイカ釣り用の擬似餌として引っ張りだこになっていたというのだ。

 カモシカの角は海中で蒼く光り、そこにイカが集まる。米一俵が7~8円のころ、一本3~20円で売れたという。そのため秋田のマタギはカモシカ狩りに力を注いだそうだ。昭和9年にカモシカが国の天然記念物になり、角の入手は困難になった。これがマタギ衰退の一因かもしれない。

 もう一つは、「オコゼ」とのつながり。マタギの棟梁は山に入るとき、乾燥させた「オコゼ」を紙に包んで常に持ち歩いていたという。天候が荒れると、袖から少し出して、山の神に見せる。山の神は「女神」で、「醜い顔」をしていると言われていた。したがって、「オコゼ」を見せると、世の中に自分よりもまだ醜いものがあることを知って機嫌がよくなり、天候が回復するというのだ。

 千葉さんがマタギから見せてもらったオコゼの中には、よく似た別の魚の姿干しもあったという。本物のオコゼを見たことがないマタギもいたのだろうと推測している。本書にいろいろなオコゼの写真が掲載されている。それにしても山奥で活動するマタギと、海との接点がなぜあるのか、興味が尽きない。

集落は次々に水没

 「マタギ」については、最近もテレビのドキュメンタリーなどで取り上げられることがある。評者自身、今年7月、第28回FNSドキュメンタリー大賞にノミネートされた新潟総合テレビの特集番組「ヤッホヤッホで春が来る」を見た。新潟県村上市の山あいにある山熊田集落の人たちによる春のクマ狩りを密着取材したものだ。

 番組は「マタギ」を強調するものではなかったが、クマ狩りの作法や習俗は明らかに「マタギ」の伝統にもとづいていた。民放の番組だったが、NHK特集かと見まがうほど丹念な取材がされており、見ながら感心した。

 ただし、ここで登場した地元の人たちは、普段は会社員などをしており、ときおり狩猟に出向く、という生活スタイルのようだった。狩猟を生業とする本当の意味での伝統マタギではなかった。

 このように現在は、本書が言うように、もはや「マタギの真実は失われてしまった」という状態なのだろう。千葉さんが取材した「玉川集落」はすでに玉川ダムに水没、「百宅集落」も鳥海ダムの建設で消えようとしているそうだ。新潟では「マタギの里」と言われた「三面集落」がとうの昔に水没している。

 千葉さんは「残念ではあるが、時の流れはあまりに急で休むことがない」と慨嘆。「時代が進み、振り返るときが来たときに、この記録がささやかな足がかりになれば幸いである」と本書への思いを綴る。

 本書はマタギの装束や狩猟の小道具類もたっぷり掲載、「最後の鷹匠」の報告もある。千葉さんの実家がある角館町西長野で、「里マタギ」によって行われていた冬場の「ウサギ狩り」の様子も収められている。出版元が農山漁村文化協会というせいか、伝統文化の保存に留意した民俗学的史料価値の高い構成の良書となっている。

 取材を通じて、おそらくはご先祖の「マタギ魂」を再確認した千葉さんの思いは、しっかり後世に継承されることだろう。

 BOOKウォッチでは関連で『ニッポンの肉食』(ちくまプリマー新書)、『つくられたエミシ』(同成社)なども紹介している。

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