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無から金を生み出す結婚披露宴の舞台裏が小説に

神前酔狂宴

 明治神宮近くの神社に併設する架空の披露宴会場を舞台にした狂乱の物語が、本書『神前酔狂宴』(河出書房新社)だ。文芸誌「文藝」は、2019年夏号から「文芸再起動」を掲げ、特集を始めた。「天皇・平成・文学」をテーマにした同号の目玉として、一挙370枚掲載されたのが本作だ。

給仕からのキャリアアップ

 明治期に偉勲を立てたとされる椚万蔵と高堂伊太郎という人物を祀ったそれぞれの神社に併設された会館があるという。実在のそれらしい会館を連想するが、あくまで架空の設定だ。

 主人公は披露宴会場の黒服の給仕として働く浜野。時給1200円に惹かれ、同僚の梶とともに派遣会社に登録したのだった。ローソクの点火に10万円、小さな花束を放り投げるだけのことに1万円。新郎新婦は何もないところに金を出している神なのだ、と感激した彼らは、時給の上限をめざしてキャリアアップを狙う。

 虚飾の限りを尽くすことこそが、結婚披露宴の本質だと気づいた浜野は、全力で茶番の演出に力を注ぐ。作り笑いにも心を込めるようになる。

 同じ会館の中でも会場ごとに競争があるなど、結婚披露宴の知られざる一面が垣間見える。披露宴会場を舞台にした「お仕事小説」としてリーダブルな面がある一方で、神社同士の確執や宮司と業者の関係など、神社政治の暗部を覗かせ、ひやりとさせる。

 2011年の東日本大震災の後、「震災効果」としかいいようがないほど、挙式の申し込みが激増した。ある披露宴で震災があったにもかかわらず挙式していいものかと当日も悩み、心ここにあらずだったという新郎から、浜野のフォローのおかげで救われたと名指しで感謝されたことが、派遣会社の社長の耳にも入り、宮司にも一目置かれるようになる。

究極の結婚披露宴

 披露宴を仕切るキャプテンにもなり、派遣から正社員への登用を打診されるまでになった浜野。時代は流れ、同性カップルの結婚式、披露宴まで受け付けるようになったある日、浜野は奇想天外な申し込みを受け、全身全霊を傾け、実現へまい進する。それはもう「結婚披露宴」と呼べるのだろうか......。

 結婚式と披露宴について、人はディテールにはこだわるが、その意味をあまり考えないだろう。壮大なパロディーを最後に用意することで、経験者は誰もが考えざるを得ない。

 浜野をはじめとした登場人物の語り口も清新で、読み終えるのが惜しかった。

 著者の古谷田奈月さんは、1981年生まれ。2013年、「今年の贈り物」で日本ファンタジーノベル大賞受賞(のちに『星の民のクリスマス』に改題)、17年『リリース』で織田作之助賞受賞。18年『無限の玄』で三島賞受賞。本作は著者の代表作となるに違いない。実際に披露宴会場に勤務したことを朝日新聞のインタビューで明かしている。ただならぬリアリティーは、その賜物だろう。

 BOOKウォッチでは神社の現状についてのリポート『ニュースが報じない神社の闇――神社本庁・神社をめぐる政治と権力、そして金』(花伝社)なども紹介している。  

  • 書名 神前酔狂宴
  • 監修・編集・著者名古谷田奈月 著
  • 出版社名河出書房新社
  • 出版年月日2019年7月12日
  • 定価本体1600円+税
  • 判型・ページ数四六判・232ページ
  • ISBN9784309028088
 

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