あちこちの書評で取り上げられている評判の本だ。『しょぼい喫茶店の本』(百万年書房)。著者の池田達也さんは1994年生まれだからまだ若い。上智大学文学部卒。「しょぼい喫茶店」を始めて間もないのだが、本書で早くもちょっとした有名人になってしまった。東京・新井薬師にある小さな店も繁盛していることだろう。
本書のタイトルを見た人は、たいがい小さな喫茶店経営者の成功物語と思うことだろう。もちろんそうなのだが、別の面で本書には注目すべき点があった。
一つは著者がなかなかの文章家だということ。村上春樹と赤川次郎を足して、2か3で割ったような文体で、上質のミネラルウォーターを飲むがごとく、すーっと読める。著者は今後エッセイストもしくは小説家として十分やっていけそうだと思わせる。
もう一つは、高校・大学での鬱屈した体験。それが上記のさわやかな文体でよどみなくつづられている。本人としては「自殺寸前」の追い込まれた日々を書いているのだが、どこか冷めていて、軽いタッチの私小説のようにもなっている。
こうして本書を「喫茶店」の話かと思いながら読み始めると、実は今の時代の若者や大学生を取り囲む、普遍性のあるしんどさが語られていることに気づき、さてこの後どうなっていくのかと、ページをめくる手が止まらなくなる。
著者の池田さんは、小学校のころは児童会の委員長を務め、中学ではバスケットボール部の部長もやっていた。小・中ではクラスの中心でわりと明るい方。何かをやるときはリーダーを任されることが多かった。
そんな日々に大きな変化が現れたのは高校に入ってからだ。引き続きバスケットボール部に入るのだが、中学とはレベルが違い過ぎた。二軍や三軍の扱いで、初めて劣等感に苛まれ落ち込んでしまう。何とかしなければと、独自に早朝・夜間練習にも取り組むが、成果が出ない。
あるとき、先生から「トロトロしてんじゃねえよ! このノロマが! そんなんだからいつまで経っても役立たずなんだよ! この使えねえクズ!」と怒鳴られ、何かがプツンと切れた。次の日から「僕は部活に行けなくなった」。
それでも高校時代は成績優秀で上智大学へ。しかし、やりたいことが見いだせないまま、就活期を迎える。一念発起してワーキングホリデーに挑戦し、カナダに行くのだが、長時間立ちっぱなしの皿洗い。キッチンで周囲が何を話しているのか、さっぱりわからない。予定よりも早く逃げるように日本に帰ってきた・・・。
もちろん就活はさんざんの結果で終わる。実家に帰ると、親から説教。いたたまれなくなって、荷物をまとめると、背中に父の怒声。「東京でもどこへでも行っちまえ、もう帰ってくるな!」。こうして著者の青春は、真綿どころかゴムバンドで首を絞められたかのように息苦しく、追い込まれ、希望が失せて閉ざされていく。
本書に類した青春のほろ苦い物語は、過去にもいくつかあるかと思うが、本書はノンフィクションなので、リアリティが濃い。同世代の多くの読者は、まさしく自分の話として共感しつつ読めること請け合いだ。とにかく本題の「喫茶店」にたどり着くまでもが十二分に面白い。
どうして著者は文章がこんなに上手なのかなと思ったが、本好き、読書好きだったそうだ。いろいろ回り道の末に、最後に著者の身を助けたのは「本」だったと言える。読書の効用を痛感させる本でもある。今後さらに第二作、第三作が期待できる。そういえば村上春樹も若いころは喫茶店のマスターだった。
本欄では青春の挫折関連で『いま、絶望している君たちへ』(日本経済新聞出版社)なども紹介している。
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