妊娠・出産に関して、少なくとも一度は、誰しも悩んだことがあるのではないだろうか。
甘糟りり子さんの本書『産まなくても、産めなくても』(講談社文庫)のタイトルからは、自分の意思で出産しない女性、希望が叶わない女性、双方の言葉にならない切実な思いが伝わってくる。
本書は、妊娠・出産にまつわる7つの物語――「掌から時はこぼれて」「折り返し地点」「ターコイズ」「水のような、酒のような」「エバーフレッシュ」「五つめの季節」「マタニティ・コントロール」――が収められている。
主人公たちは、さまざまな状況に置かれている。体験した本人だからこそしぼり出せる数々の台詞は、物語を越えて現実のものとして心に刺さった。
「結婚も出産も、ぼんやりとそのうちにするものだと思っていた。今は目先の案件で忙しいけれど、自分にとってのその時期がくれば、なんとなく誰かと出会って結ばれて、結ばれたらその流れで子供を産む、そんな流れがどこかにある、と。そのふわふわとしたイメージを今、思い切り粉々にされた」(「第一話 掌から時はこぼれて」)
「人工授精は三回目も失敗だった。具体的な根拠があったわけではないけれど、きっと今回は大丈夫、そんなふうに考えていた」(「第三話 ターコイズ」)
(無精子症の宣告を受けて)「自分は男の着ぐるみをまとった、別の生き物だったのだろうか」(「第四話 水のような、酒のような」)
「私、本当に子供が欲しいとか産みたいとか思ったこと一度もないのよね。母性が足りない......、というより、ないのかも。おかしいのかな?」(「第五話 エバーフレッシュ」)
読者一人ひとりが、主人公の誰かに自身の体験を重ね、共感できるだろう。
第七話「マタニティ・コントロール」は、医療が進歩した2030年の日本が舞台。現在では想像がつかない、反対意見も予想される新たな妊娠・出産の可能性が描かれている。
「妊娠」「出産」という言葉には、新たな命の誕生を祝福する明るさ、幸福感が漂う。一方、その背後には、流産、不妊治療などの壮絶な現実がある。女性は子供を産むものだと、ひと言では到底片づけられない。妊娠・出産にまつわる一人ひとりの考え方、体験、感情がある。
甘糟さんは本書のタイトルに悩んだといい、最後をこうしめくくっている。
「最終的に『産む』こととは反対の動詞を二つ続けることにした。産む人も、産まない人も、産めなかった人も、それぞれが解放されますように」
著者の甘糟りり子さんは、1964年神奈川県生まれ。玉川大学文学部英米文学科卒業。ファッション、グルメ、映画、車などの最新情報を盛り込んだエッセイや小説で注目されている。2014年刊行の『産む、産まない、産めない』は、妊娠と出産をテーマにした短編小説集として話題となった。本書は、17年に単行本として刊行され、今年(2019年)文庫化されたもの。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?