先日、吉本興業の社長の記者会見が話題になった直後、お笑い芸人ナイツの塙宣之さんが大阪の球場で放ったギャグに皆、度肝を抜かれた。社長と巨人の選手が同姓であることに引っ掛けた強烈なボケをかましたのだ。
本書『言い訳』(集英社新書)の副題は「関東芸人はなぜM-1で勝てないのか」。塙さんはついにM-1チャンピオンになれなかった。関西芸人に勝てなかったのだ。だが、2018年その審査員に抜擢された。だから、関西芸人とその総本山である吉本に複雑な思いを持っていることは想像に難くない。そのせいか、本書には「関東系」や「非関西系」、「関西系」という言葉がよく出てくる。
本書で時事ネタができるコンビは、「フグの調理師免許」を持っているようなものだ、と書いている。世相の毒抜きがうまいということだ。「不思議と関西では時事ネタをやる漫才師が出てきません」とも。だから敵地とも言える大阪で放った時事ネタは、満を持したものだったことは間違いない。
本書はノンフィクションライターの中村計さんが、塙さんに90の質問をするという構成になっている。6つの章タイトルを見ると、どんな内容かわかるだろう。
第一章 「王国」 大阪は漫才界のブラジル 第二章 「技術」 M-1は一〇〇メートル走 第三章 「自分」 ヤホー漫才誕生秘話 第四章 「逆襲」 不可能を可能にした非関西系のアンタ、サンド、パンク 第五章 「挑戦」 吉本流への道場破り 第六章 「革命」 南キャンは子守唄、オードリーはジャズ
M-1には2001年の第1回から出場したが、高校野球で言えば、地方大会の2、3回戦で負けるレベルだったという。決勝に進むまでに8年かかった。M-1は2010年の第10回大会でいったん幕を下ろし、4年のブランクを経て2015年に復活した。第一期と第二期では別物だという。第二期から出場資格が結成10年以内から15年以内に変更され、経験豊富なコンビが幅を利かせる大会になったからだ。塙さんも2015年に出場したが、準決勝で敗退した。だから本書は塙さんの「言い訳」でもある。
中村さんの質問に答えて塙さんの漫才論が披露されている。全編、ライバルへの鋭い分析と賛辞にあふれている。
第1回大会でしゃべくり漫才の中川家が優勝し、M-1の方向性を決めたと見ている。だから「関東芸人はM-1で勝てないと思っている」と最初の質問で答えている。関西人の日常会話はテンポがあって、それだけでおもしろい。大阪では老若男女関係なく、そこかしこで日常会話を楽しんでいる。そのまま漫才になっている。だから、サッカーで言えば、「関西は南米、大阪はブラジル」というのが第一章のタイトルの元になっている。
塙さんは千葉県で生まれ育ち、小学5年生のときに佐賀に引っ越した。自己紹介で「千葉では、ウンコの歌でクラスで人気者でした」と言ったら、ものすごくウケて以前にも増してお笑い番組をたくさん見るようになったという。
ダウンタウンの松本人志さんのボケに感動。師匠は内海桂子師匠だが、心の師匠は松本さんだと断言する。
「非関西弁での初めての王者は04年のアンタッチャブルでした」「非関西系のM-1王者はすべてコント漫才」など、ライバルたちの分析もおもしろいが、それは本を読んでもらうことにして、塙さんの下積み時代の話を紹介しよう。
20代も後半にさしかかり、このままでは永久に売れないと悟った塙さんは一人でネタを書くことにした。二人でやると時間だけが過ぎたからだ。コールセンターで夜勤のアルバイトをしていたので、深夜はヒマになる。その時間を使って一日一本、ブログにネタを書くようにしたのだ。そして小ボケが受けることに気がついた。「ヤフーで調べました」を「ヤホーで......」と言い間違える。ボケるたびに相方の土屋伸之さんが訂正する。ボケて訂正、ボケて訂正という機関銃のようなヤホー漫才が誕生した瞬間だ。大ウケし、ライブ会場はうねった。毎日ネタを書く習慣は今でも続いているそうだ。
本欄で先日紹介した、やついいちろうさんの『それこそ青春というやつなのだろうな』(PARCO出版)にも塙さんは登場している。やついさんが大学で落研部長だったとき、塙さんは九州漫才大会の福岡チャンピオンという実績があるのにプロにならず、新入生として入ってきたというのだ。そんな実力があるのに長い下積み時代を経験した。
今、漫才協会の副会長となった塙さん。漫才協会は有望な新人をどんどんスカウトしているという。浅草の漫才、東京の漫才をもっとメジャーにするためだ。
「そのためにもM-1における漫才の定義をぶち壊し、これも漫才だと、これぞ江戸漫才だと言わせるような強い関東芸人の出現を待ちたいと思います」と、関東の後輩たちに夢を託している。
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