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ワニはなぜ何も食べずに一年も生きられるのか

わたしは哺乳類です

 現在の哺乳類の祖先が登場したのは1億6600万年前。そこからヒトはどのように進化してきたのか。本書『わたしは哺乳類です』(インターシフト)の筆者のリアム・ドリューは、ロンドン大学、コロンビア大学で哺乳類の脳の研究に携わった後、サイエンスライターに転じた人だけに、筆は柔らかいが、中身は濃い。

論争は始まったばかり

 テーマ選びも秀逸で、第1章は「なぜ精巣は体外に出たのか」。

 ヒトの精巣を包む陰嚢が体外でぶらぶらしているのは、精子を作る適温(深部体温より2.7度低い)にするためという冷却仮説が長い間信じられてきた。しかし、人より高い深部体温の鳥類は精巣を体内に保持し、陰嚢を持たないし、哺乳類でも、ゾウのように陰嚢を持たないものもいる――ということなどで、最近は冷却仮説の旗色が悪いのだという。ヒトの精子が低い温度で作られやすいのは事実だが、それは精巣が体外に出たことに適応した結果に過ぎないというわけだ。

 著者がおすすめなのは、「全力疾走仮説」だ。レース後のボート選手たちの尿に前立腺液が混入していたことなどから唱えられるようになったもので、哺乳類が腹圧を急激に高めるような激しい動きをするようになり、精巣を守るために体外に出す必要性が生じたのではないかというのだ。実際、ゾウやツチブタなど精巣を体内にとどめている動物には、跳んだり跳ねたりしないタイプが多い。論争は始まったばかりである。

 第4章は「風変わりな生殖器」として、陰茎の進化を説明している。これまでの研究で、ムカシトカゲの陰茎を作る細胞は、肢を作る細胞と同じ出自であることが明らかになっている。ただ、ネズミの研究から、哺乳類の陰茎は肢になる細胞から尻尾になる細胞が分かれ、さらにその尻尾の前駆細胞の一部が陰茎を作る前駆細胞になったことが判明しているという。私達の陰茎は、体の前にできた尻尾のようなものだといわれれば、そうかもしれないという気もする。

冷血動物は強い

 第7章「ミルキーウェイ」では、哺乳動物という命名のもとになった母乳を扱っている。しかし、冒頭で著者は「膨らんだ胸に関する話ではない」と断っている。なぜなら、「5500種近い哺乳類のうち......膨らんだ胸という形質―そしてそれに魅了される形質―を持つ種は、われわれのほかに存在しない」うえ、「胸が大きいからといって、母乳の産生量が増えるわけではない」というのだから、仕方がない。

 乳腺は肥大した汗腺から生まれた、ということでほぼ一致しているという。海から陸にあがった動物は、卵を乾燥から守ることが子孫を残すための課題となった。そんな中、抱卵中に親が汗をたくさんかくと卵が乾燥を免れて孵化しやすいため、次第に汗腺が発達した親が増え、汗腺はいつしか立派な乳腺に――というわけだ。オスの汗腺が肥大化しなかったのは、当時からオスは抱卵をさぼっていたからなのかもしれない。

 第10章のタイトルは「高速で燃える生命」。鳥類と哺乳類は恒温性かつ体内で発熱する内温性動物。そのせいで、外温性動物(冷血動物)に比べ、最大20倍ものカロリー消費を強いられる体になってしまった。トガリネズミなどは、5時間以上絶食すると死んでしまうといわれている。ヒトはそれほどではないが、わが定年後の最近の生活を省みると、1日に三度の飯と排便―を毎日繰り返し、気が付くと1週間が過ぎており、時々むなしくなる。

 一方、ワニやトカゲなどの冷血動物は、食べることにあくせくしない。本書によれば、ナイルワニは、ヌ―のような動物の肉を1回たっぷり食えば、その後1年も、何も食べずに生き延びることができるという――こんな濃い内容が13章続く。

 寝転んで斜め読みできるほど易しい内容ではないが、手に取ってじっくり読めば、当分、酒の肴の話題には事欠かないこと請け合いである。

 関連で本欄では『生命の歴史は繰り返すのか?』(化学同人)、『女性の曲線美はなぜ生まれたか』(白揚社)なども紹介ずみだ。

  • 書名 わたしは哺乳類です
  • サブタイトル母乳から知能まで、進化の鍵はなにか
  • 監修・編集・著者名リアム・ドリュー 著、梅田智世 訳
  • 出版社名インターシフト
  • 出版年月日2019年6月15日
  • 定価本体2600円+税
  • 判型・ページ数四六判・406ページ
  • ISBN9784772695640
 

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