本書『泥の中を泳げ。』(駒草出版)を就活中の学生が読めば、テレビ局への志望を断念する人もいるかもしれない。著者は日本テレビで『世界まる見え!テレビ特捜部』『恋のから騒ぎ』などを手掛けたヒットメーカー、吉川圭三さん。現在はKADOKAWAコンテンツプロデューサー、ドワンゴ営業本部エグゼクティブ・プロデューサーを務める。その吉川さんが、テレビ局の内情をこれでもかと暴露した痛快エンターテインメント小説だ。
若手テレビマンの佐藤玄一郎が主人公。他局の海外ドキュメントバラエティ番組を予算4分の3でパクった番組のロケで中米カリブ海のある国へ行く。内乱状態で命がけのロケになりそうな気配に、コーディネーターは父親の訃報を理由に逃げ出す。若手女優のふんばりでなんとかロケは終了するが、行き先をダーツで決めていると噂される大手制作会社の女性プロデューサーのわがままには憤りを感じた。
そこから入社時に時間はさかのぼる。ドキュメンタリーを志望して在京キー局の「東京テレビ」に入った玄一郎だが、情報局の配属となり午後のワイドショーの担当になる。「ここでは、泥の中で泳ぐような仕事もあるからな」という局長の言葉が、タイトルのゆえんだ。
新人ADの玄一郎は、芸能人の張り込み取材、新宿・歌舞伎町での隠し撮り取材などで頭角を現していく。過酷な日々の中で支えとなったのは「映像を通して何かを表現するのが仕事だ」と理想を語る君島部長の存在だ。
ふとしたことから玄一郎は「帝国の興亡――芸能アンダーグラウンド史」という資料を目にする。芸能界の複雑なパワーバランスの中で最も強力な力を持つ道明寺壮一について、今は亡きテレビマンが書いた文章だった。
そしてワイドショーの視聴率で実績を上げ、冒頭の海外ドキュメントバラエティで度胸と臨機応変さを身につけた玄一郎は、念願の海外ドキュメンタリーのプロデューサーに抜擢される。ここからが本番といったところだ。
過去の有名なテレビマンが実名で登場するが、多くは何人かの実像をデフォルメした人物。小説とはいえ、彼らの言葉は実際に語られたものだろう。業界人にとっては、興味津々、ドキドキものだ。
「ゴールデン番組ってのは巨大な船だ。ダメなヤツがひとりでもいたら沈むぞ。即刻、首を切れ」 「この番組をコケさせたら、三、四年は確実に干されるぞ」 「仕事を取られて窓際に追いやられたテレビマンほど、惨めなものはないよ」
有象無象の人物がうごめく中で最も印象深いのは、リサーチ会社社長の木田という人物だ。各局に出入りし、さまざまな情報を吸い上げ、時に情報を操作し、テレビ局の人間を陥れる悪漢だ。木田と対決し、窮地を脱した玄一郎だが、さらに巨大な陰謀に操られ、国際事件に発展しかねない問題に巻き込まれていく。
エンターテインメント小説なので、戯画化された側面もあるが、芸能界とテレビ局の深いつながりがさまざまなエピソードで描かれる。芸能界のラスボス道明寺壮一と玄一郎は、どう出会い、切り結ぶのか。
著者の吉川さんが長年、テレビ局にいて体験してきたことが、一つひとつの記述にリアリティを与えている。ネットやSNSに時間を奪われ、テレビの総視聴時間は減る傾向にある。本書では視聴率二桁が至上命題とされるが、今や一桁の番組は珍しくない。テレビが人々の娯楽や情報の首座に居続けるためには何が必要なのか、多くのメッセージが込められた作品だ。
本欄ではテレビ局関連として、『テレビが映し出した平成という時代』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『全部やれ。日本テレビえげつない勝ち方』(文藝春秋)などを紹介している。
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