東洋史家の岡本隆司さん(京都府立大学文学部教授)が「週刊東洋経済」に連載してきたコラム「歴史の論理」が先日(2019年4月6日号)、116回で最終回を迎えた。日本人が中国に抱いている誤解や幻想をわかりやすく解きほぐしてくれるので、愛読してきた。歴史的な視点から現代中国の問題にも切り込み、痛快だった。
その岡本さんの新著が『腐敗と格差の中国史』(NHK出版)である。中国の腐敗と言えば、習近平が国家主席に就任して以来の反「腐敗」キャンペーンを思い出す人も多いだろう。党や政府幹部の不正汚職の摘発が相次ぎ、失脚した要人も少なくない。
平等な社会の実現をめざした中国共産党。そこで幹部の腐敗が生じるとはどういうことなのか。岡本さんは世界で最古の官僚制を有する中国の歴史から、腐敗の淵源をたどる。
秦の始皇帝のように皇帝は絶大な権力を持っていたように思うが、秦は短命に終わった。力ずくの弾圧では広い国土を治めることは出来なかった。皇帝を頂点とする官僚制は、各地の勢力家を包み込む形で確立していった。
高位の官職を一部の一族が独占する「貴族制」が4世紀から6世紀、南北朝時代に発展した。社会のエリート・指導層である「士」と社会の大多数、一般庶民の「庶」が断絶し、社会の二元化が進んだ。貴族は成り上がりの皇帝よりも上に見られたという。
家柄よりも個人の才徳を測定する試験によって官吏を登用する科挙が6世紀末、隋王朝の時代に制度化された。つづく唐王朝の300年を経てようやく門閥貴族は消え、皇帝が政治権力を握るようになった。
科挙は儒教の経典、四書五経をどれだけマスターしているかを測定する試験だ。それらを暗記するだけでは駄目で、膨大な解説書を習得し、記述・表現することが求められた。家庭教師がついて何年もかけて勉強した。優秀な子どもがいれば、一族ぐるみで支援した。「人々があらそって『士』となろうとしたのは、『庶』ではとても獲得不可能な、一身の栄達利禄と一家の財産保全という功利的な理由からであった」
本書はこの後、時代を追って官僚制の変遷、腐敗の発生、試みられた改革について詳しく分け入る。驚いたのは、中央から地方に派遣された正規の人員はごくわずかで、その下の吏員は正式な身分・地位をもたない、臨時のボランティア・アマチュアだったというのである。生計を立てるためには手数料・賄賂を取り立てるしかなかった。
「チープ・ガバメント」、財政支出を少なく見積もり、歳入・徴税もなるべく少なくするのが善政とされ、どの王朝でも基本的に変わらなかったという。
最後に駆け足で、中国革命、中華人民共和国の成立をおさらいしている。一時実現したかに見えた官吏の清廉潔白は、毛沢東がめざした中国の一体化によって、「みなが貧しくなった結果であった」と著者は皮肉っている。
そして「改革開放」以後、格差は増大。二元構造の上下乖離が進んでいる、と指摘する。上層は共産党員とその縁類、もしくは関連企業である。
かつては儒教の経典をマスターすることがエリートの条件だったが、いまは激しい受験競争を勝ち抜き、名門大学に入り、海外留学をして、共産党員になるのがエリートへの道のようだ。
習近平が終身で国家主席にとどまる意向を示し、「皇帝の即位」「袁世凱の再来」と民間から揶揄されたという。旧体制への回帰ではないか、と歴史家の眼は射抜いている。
中国にかんして本欄では、『始皇帝 中華統一の思想 「キングダム」で解く中国大陸の謎』(集英社新書)、『習近平のデジタル文化大革命』(講談社+α新書)などを紹介している。
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