読むべき本、見逃していない?

博識の著者による新素材開発の歴史と興味深いエピソード

世界史を変えた新素材

 新潮選書の『世界史を変えた新素材』は2018年10月の発刊以来、版を重ねている。著者は東京工業大大学院理工学研究科の修士課程を修了し、医薬品メーカーに研究職で就職したあとサイエンスライターになった。同じ選書で『炭素文明論』という著書もある。一般的にはとっつきにくい化学ものを得意とする人のようだ。

 あとがきによると、本書誕生のきっかけとなったのは砂糖、カフェイン、ニコチン、エタノールなどの炭素を中心とした有機化合物と人類の歴史の関わりについて書いた『炭素文明論』の刊行がきっかけで、ある高校に講演に招かれた。そのとき、「歴史に最も大きな影響を与えた化合物ベスト3は何だと思いますか?」という質問を受けた。「ちょっと答えに詰まったが、やはり鉄や紙、プラスチックなどの材料ではないかと思う」と応じたが、「いつか何かの形で書かないといけないな、という思いが残った」という。元研究者らしく、こうした思いを大事にする律儀な人のようだ。

取り上げた素材は金や陶磁器、鉄など12種類

 だが、本書には理科系出身の人の著作にありがちな小難しいところはひとつもない。著者が歴史を変えたと考え、取り上げた新素材は全部で12種類。金、陶磁器、コラーゲン、鉄、紙(セルロース)、炭酸カルシウム、絹(フィブロイン)、ゴム(ポリイソプレン)、磁石、アルミニウム、プラスチック、シリコンだ。普通なら紙ですますところをセルロースという物質名まで記すところが実直な著者らしい。

 コラーゲンというのはタンパク質の一種で、一般的には化粧品などの成分としてよく登場する言葉だ。しかし、著者は地球の寒冷期、動物の毛皮でつくった防寒着が当時の人類を救った、と意外なところから書き起こす。動物の皮革の主成分はコラーゲンだが、人体のタンパク質も3分の1はコラーゲンだという。著者は毛皮を目的とした乱獲で日本固有のニホンカワウソが激減し、1979年以降確かな目撃はなく、2012年、ついに「絶滅種」の指定を受けた悲しい歴史にも触れる。

 さらに人類が衣服を着ることになったのは、今から7万5000年ほど前のインドネシア・トバ火山の巨大噴火が原因ではないかというトバ・カタストロフ理論まで紹介し、読者の知的好奇心を喚起してくれる。この大噴火で「巻き上げられた火山灰によって太陽光は遮られ、以後数千年にわたって全地球は強烈な寒冷期を迎えた」「この時、かろうじて生き延びたわずか数千組の夫婦が、現代に生きる全ての人類の祖先になった」と考えるのがトバ・カタストロフ理論のようだ。毛皮は以前ほどの人気がなくなったが、コラーゲンは今も外科手術の際に抜糸の必要のない糸や美容整形などにも利用されている。

 紙が西暦105年、当時、中国の後漢にいた蔡倫という宦官(かんがん)によって発明されたことは高校世界史の教科書にも載っていたが、著者は日本への紙伝来が日本独自の和紙を生み、西暦751年、西進した唐の軍隊とアッバース朝のイスラム帝国の軍隊による現在のカザフスタン付近で起きた「タラス河畔の戦い」が紙の西進を生んだ、と意外な歴史を明らかにする。この戦いで唐軍は大敗したが、大勢の捕虜の中に紙漉きの技術を持った兵士がいて、その技術をイスラム帝国に伝えた。794年には首都バクダッドに製紙所が建設され、公文書に紙が使われるようになったという。

 紙漉きの技術はその後ヨーロッパにも伝えられ、15世紀にグーテンベルクが発明した印刷機のおかげで、書物の値段は一気に下がった。だが、グーテンベルク自身は、「この印刷機の開発のために借金をし過ぎ、せっかく完成した印刷機は借金の抵当として貸主に取り上げられてしまった」と歴史の実話も紹介する。もちろん、歴史のこぼれ話だけでなく、セルロースの化学的性質についても図入りできちんと説明してくれる。新素材開発の歴史としても、素材をめぐる化学の話としても読めるぜいたくな仕掛けだ。

アルミニウム精錬技術の開発は19世紀末になってから

 アルミニウムの章では、航空機の素材などになくてはならないアルミニウムが鉄や銅などに比べ、どうして利用が遅れたかが説明されている。アルミニウムは精錬技術の開発が非常に難しく、19世紀末の1886年になってアメリカとフランスでようやく精錬法が発見され、実用化されるようになった。しかし、鉄などに比べると、圧倒的に強度が低く、その後、銅・マグネシウム・マンガンを少量添加することで大幅に強度が上げられるアルミニウム合金のジュラルミンが開発されたおかげで、用途が拡大した。今ではアルミニウムを使わない航空機やロケットは考えられない。新素材が歴史を大きく変えた好例だろう。

 著者の語り口は柔らかく、各章で紹介される実例の豊富さにも圧倒される。よほど博学博識で、勉強家の人なのだろう。巻末には章ごとの主要参考文献のリストもあり、さらに読み進むこともできる。お得で重宝な一冊だ。著者が次に何を書いてくれるのかが楽しみになってくる。本書は新潮社の「Webでも考える人」の連載がもとになったという。機会があればこちらものぞいてみたい。

BOOKウォッチ編集部 レオナルド)

 
  • 書名 世界史を変えた新素材
  • 監修・編集・著者名佐藤健太郎 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2018年10月25日
  • 定価本体1300円+税
  • 判型・ページ数四六判・230ページ
  • ISBN9784106038334

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