どんな世界観に浸りたいか、どんな疑似体験をしたいか......読書に求めるものは人それぞれだろう。三崎亜記さんの作品を初めて読んだ評者にとって、本書『ニセモノの妻』(新潮文庫)は新鮮な読書体験だった。
三崎亜記さんは、1970年福岡県生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。2004年『となり町戦争』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。同作は単行本化され18万部のベストセラーとなり、三島賞、直木賞候補となった。評者は勘違いしてしまったが、念のため補足すると三崎さんは男性作家である。
本書は、4組の夫婦の「非日常」をめぐる短編集。2016年に新潮社より単行本として刊行され、今年(2019年)文庫化されたもの。
本書は「終の筈の住処」「ニセモノの妻」「坂」「断層」の4作品が収録されている。裏表紙には「非日常に巻き込まれた4組の夫婦の、不思議で時に切なく温かな短編集」とあるが、「心して読むべき世にも奇妙な物語」の方が近い気がする。三崎さんのファンにとっては、この「非日常」感がたまらないだろうし、三崎さんの作品を初めて読む人にとっては、なかなか慣れないかもしれない。率直に、好みが分かれる作品だと感じた。
4作品に共通するのは、ある日突然、日常が非日常に侵食されること。1話を除き、すべて妻が何らかの形で非日常に真っ先に飲み込まれてしまう。4作品とも、日常を取り戻そうとする夫の目線から描かれている。
マンションを購入した新婚夫婦。約三百世帯が入居しているはずが、夜になっても自分たちの部屋を除き全室が真っ暗だった。「地上数十メートルの高みに、たった二人だけポツンと置き去りにされた様を想像して、私は少しぞっと」した。このマンションに住民はいるのか?(「終の筈の住処」)
「もしかして、私、ニセモノなんじゃない?」――。妻が衝撃の一言を放ち、僕と自分をニセモノではないかと疑う妻による、ホンモノの妻捜しがはじまる。ニセモノとホンモノの唯一の違いは、ニセモノが抱く、ニセモノだという劣等感だけ。果たして、目の前の妻はニセモノかホンモノか?(「ニセモノの妻」)
坂ブームが盛り上がりを見せる中、僕と妻の距離は広がっていった。熱心な坂愛好家の妻は狂信的な組織に属し、坂をバリケードする。僕は坂と妻を取り戻すべく奔走するが、そもそも坂とは何か?(「坂」)
他愛なくイチャつく夫婦と、家の中に断層が生まれ家族と離れ離れになった被害者家族が、交互に描かれる。妻はある日、僕の目の前で忽然と姿を消した。「次元の狭間に落ち込んでしまった」妻は、毎日一度、こちらの世界へ戻ってくるが、断層から二度と戻ってこられなくなる日は刻々と近づいていた。(「断層」)
夫婦の関係性は、ある一定の安定感、安心感をもたらすものと言える。購入したばかりのマンション、六年連れ添った妻、自宅前の坂、自宅の中もまた、揺るぎなくそこにあり続けると信じていたもの。それらが根底から揺らぎ、崩れていく。
作品全体に靄がかかった空気が漂う。登場人物たちに、常識、正気を取り戻してほしいという焦燥感に駆られる。三崎さんの独特な世界観にどっぷり浸れるか、浸りきれないか......読者によって反応は色々だろう。個人的には、新たな発見をした気持ちになり、読書によって得られる感情の幅が広がった。
「あなたとは、傾きが違うみたいね......」
「坂」で、妻が僕に放った坂趣味を理解できない「一般人」に向ける蔑みの言葉。人それぞれの個性を、傾きの違いと表現しているところが面白い。自分が正しいと思っても、「経てきた人生の歩みの結果、『傾いて』いる」ことを自覚しなければと思った。
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