仏像ブームと言われて久しい。仏像を紹介する本も多い。本書『仏像の光と闇』(水王舎)もそのジャンルに入る。特徴としては著者の宮澤やすみさんの肩書が「神仏研究家」というところにあるような気がする。
周知のように、日本の仏教は神道とも関係が深い。本書は仏教や仏像を神道との絡みの中で、さらにその背後にある政争や国際情勢にも目を向けながら歴史的に辿っている。アカデミズムの学者ではないので、過剰に専門的ではなく、切口も新鮮で頭に入りやすい。
宮澤さんは1969年生まれ。立教大学で東洋美術史を学び、IT企業勤務後にフリーになった。著書に『仏像にインタビュー』(実業之日本社)、『お寺にいこう』(河出書房新社)、『東京仏像さんぽ』(明治書院)などのほか、『東京 社用の手みやげ 贈って喜ばれる極上の和菓子』(東洋経済新報社)などもある。2010年からNHK首都圏「こんにちわいっと6けん」「ひるまえほっと」に仏像案内役と出演している。
本書は「呪い」をキーワードとしている。古代国家では災厄や氾濫などで世の中が乱れることが多かった。古代の人々はそれを何かの「呪い」と考え、払しょくするパワーを仏教や仏像に求めた。本書は仏教や仏像が、「呪い」からスタートしているということを力説する。
仏教は当時の先進国・中国で広まり、すでに朝鮮半島にも浸透していた。仏教を受け入れるかどうか。6世紀の末に蘇我氏と、神道をつかさどる物部氏との間で激しい抗争があり、蘇我派の聖徳太子も戦いに参加したことなどは良く知られている。受容派は、仏教の効果を信じていたに違いない。太子が勝利に感謝して四天王寺を創建したというのは有名な話だ。
仏像の中でも当初、「呪いの装置」として使われたのは薬師如来と観音菩薩だという。ともに「現生利益」を重視していた。病気快癒など個人の御利益だけではない。国の安泰のためにも利用されたと著者は見る。
奈良の薬師寺は680年、天武天皇が後の持統天皇である鵜野讃良(うののさらら)皇后の病気平癒を祈願して建立を発願したとされている。著者は、しかし皇族だけでなく、民衆や現世、国の安泰も含まれていた可能性を示唆する。いわゆる「国家鎮護」だ。
8世紀半ば建立の東大寺法華堂に鎮座するのは不空羂索観音だ。こちらは3メートル近い巨体で表情も険しい。この像は740年に起きた反乱を制圧するために作られたと言われているそうだ。この観音様にも「国家鎮護」を託したというわけだ。
反乱分子を「魔物」に見立て降伏させる考え方を「怨敵調伏」という。「国家鎮護」も「怨敵調伏」も、仏像が「呪いの装置」として使われた証だと著者は見る。
本書では、仏像の作られ方についても詳しい。「なるほど」と思ったのは、仏像の素材の話だ。パーツごとにつくって結合される寄木の方法もあれば、「一木造」(いちぼくつくり)もある。平安時代には「一木造」が主流になった。中でも「霊木」(「れいぼく」)が尊ばれたという。
「霊木」とは木そのものが神聖なもの。雷が落ちた木などが「霊木信仰」の対象になる。これは日本古来の信仰。そういう木を素材にして作った「一木造」の仏像はよりパワーが増す。平安時代前期は、神道的な信仰による「霊木」に、海外の呪術である「仏像」を刻んだ仏像が増えたという。日本が国家として安定し、仏像づくりについても自信を持ち始めたことによるのだろう。
本書は百済仏、止利仏師、平安時代の定朝、その後の運慶、快慶など仏像製作の歴史を辿るとき、常に政治や国際関係をダイナミックに重ね合わせている。なぜ仏像の姿形は変化したのか。単なる仏像美術史にとどまらない、社会性を踏まえた奥行きの深さを感じさせる。多少は仏像を見たことがある読者にも、新たな発見があって参考になるのではないか。
本欄では『東京から日帰りで会える 仏像参り』(幻冬舎)、『阿修羅像のひみつ』(朝日新聞出版)、『プチ修行できる お寺めぐり』(産業編集センター)なども紹介している。
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