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「いだてん」の江戸っ子はこういう食生活をしていた

志ん生の食卓

 NHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺〜」は五代目古今亭志ん生が語る架空の落語『オリムピック噺』に沿って話が進む。演じるのはビートたけし。志ん生自身の人生も描かれ、改めて「昭和の名人」にスポットが当たっている。

 本書『志ん生の食卓』(新潮社)もドラマに合わせて刊行されたようだ。約10年前に出ていた単行本をもとに文庫化している。

落語協会の会長も務める

 「昭和の名人」と言われた落語家は何人かいた。その中でも別格として称えられているのが、五代目古今亭志ん生だ。

 1890〈明治23〉年、東京・神田で生まれた。ちゃきちゃきの江戸っ子だ。小さい時から寄席に通っていた。15歳で家出して放蕩生活を続けたが、芸事が好きで、落語家を志す。昭和に入ってようやく売れるようになり、戦後はラジオなどでも活躍した。1957(昭和32)年から63(昭和38)年まで落語協会4代目会長を務め、73年に亡くなった。

 志ん生の最大の特徴は、ご本人が、まさに落語の登場人物のような人だったことだろう。戦前の東京下町には必ずいたであろう、邪気のないおじいちゃん。しょっちゅう酔っぱらっているが、興がのると、得意の話芸を披露する。近所の子どもたちも集まってきて大人気だ。途中で寝ちゃったりもする。べらんめえ調のしゃべりは、はたして芸なのか素のままなのか――。

 本書はその志ん生の長女だった美濃部美津子さんの回想記だ。聞き書きなので、文章はしゃべり言葉のまま。「あたし」「あんまし」「いっつもおんなし」など、下町っぽい言いまわしがときおり出てくる。

豆腐と納豆が好物

「『志ん生の食卓』ってお題をもらったとき、正直あたし困っちゃったの。だってお父さん、まったくってほど食べ物に執着しない人だったんだもの。お酒好きで有名だったから、お弟子さんたちなんか『師匠は酒さえ飲めりゃ、あとは何もいらないんですよ』ってよく言ってましたよ」
「でも、あたしが思うに、そもそもの性分として、『アレが食べたい』だの『どこそこのコレが旨い』だの、食べ物に対して四の五の言うのはみっともないってのもあったんじゃないかしらねぇ」

 そんな前置きから本文が始まる。一番好きだったのが納豆。ふだんは辛子とネギと醤油で軽く混ぜるだけ。大根おろし入りが特にお気に入りだった。サッパリした口当たりになる。毎日のように食卓にのったのがお豆腐。たいがい冷奴か湯豆腐。薬味は醤油にネギと生姜とかつぶし。お豆腐入りのおみおつけも好きだった・・・。

 だいたい、こんな調子だ。酒はいつも「菊正」。コップで飲むことが多い。たまの外食も、いつもの行きつけの店。同じ下町育ちでも、美食家で知られた池波正太郎の食通ぶりとは比較にならない。

「ナメクジ長屋」に住んでいた

 逆に言えば、だからこそいかにも志ん生らしい暮らしぶりがうかがえる。読者を裏切らない。実に平凡にして質素。「ナメクジ長屋」に住んでいたという時期もあったというから、粗食生活は当然でもある。

 私事で恐縮だが、評者の父親も江戸っ子だったので、食べ物の趣味の重なるところが多いことに気づいた。湯豆腐や冷ややっこが好物。もちろん豆腐と薬味以外に何もない。他におかずもない。ひたすら豆腐とごはんと味噌汁。家族も黙々と同じものを食べざるを得ない。簡素すぎる食卓だ。納豆も欠かさなかった。本書を読んで実はこれが、正調の江戸っ子庶民の食事だったことを改めて知る。

 そのほか、畳イワシをあぶって酒の肴にするとか、昆布やアミの佃煮をよく食べたとか、いずれも評者の父親と同じ。巻末に志ん生一家が愛した店の一覧が出ているが、飲み食いできる店は、おでん屋、蕎麦屋など数軒しか出てこない。

 本書から浮かび上がってくるのは、戦前の日本人のつましい姿だ。一年に「ハレ」と「ケ」がある中で、大半が「ケ」。志ん生の家では、お正月のお雑煮も、具は鶏肉と小松菜だけ。いたって素朴なものだったという。

 本欄では『慶応卒の落語家が教える「また会いたい」と思わせる気づかい』(WAVE出版)、『もうレシピ本はいらない』(マガジンハウス)、『昭和の店に惹かれる理由』(ミシマ社)なども紹介している。

  • 書名 志ん生の食卓
  • 監修・編集・著者名美濃部美津子 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2018年12月22日
  • 定価本体590円+税
  • 判型・ページ数文庫判・142ページ
  • ISBN9784101004266

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