推理とお色気がちょっと混じった2時間ドラマは、市原悦子さん主演の『家政婦は見た!』シリーズなど多くのヒット番組を生んできた。2時間ドラマを長年リードしてきたテレビ朝日系の『土曜ワイド劇場』が、昨年(2018年)4月8日の放送をもって終了していたことを本書『2時間ドラマ 40年の軌跡』(東京ニュース通信社 発行、徳間書店 発売)を読むまで不覚にも気付かなかった。さらにこの原稿を書いている時に、最後まで残っていた2時間ドラマ枠(TBS系)が今月いっぱい(2019年3月)で消えると朝日新聞(2019年3月12日朝刊)が報じた。
他局も参入し、一時はほぼ毎曜日どこかの局が放送していた2時間ドラマが、いままさに消えようとしている。著者の大野茂さん(阪南大学教授)は、電通、スペースシャワーTV、NHKなどテレビ関連の経験をもつ研究者。作品論ではなく、制作者サイドつまり舞台裏から見た「2時間ドラマ」のトリビアルに満ちている。
そもそも2時間ドラマという長尺の枠はどうして出来たのだろう? NET(正式名称・日本教育テレビ)から1977年、名称を変更したテレビ朝日(同・全国朝日放送)の当時の担当者がその内幕を語っている。創生期にはさまざまな苦労があったらしい。
テレビ各局による洋画の買い付け競争が激しくなり、アメリカの映画事情を調べると、テレビ用のオリジナル映画があるという。「テレフィーチャー」と和製英語をつけ、国産テレフィーチャーの実現へと動いた。
しかし、教育テレビ局として開局した経緯もあり、ドラマの経験者はほとんどいなかった。学校放送、ワイドショーの経験者ら「はぐれ者」が集まり、決めた制作方針は次のようなものだった。
・娯楽性・話題性を最優先、脚本に特に力を入れる ・現代性のあるもの、風俗、流行も反映 ・裸(健康的なお色気、美しい映像)はOK ・ハートのある作品が強い、茶の間の涙と感動も無視できません
77年7月2日午後9時、『土曜ワイド劇場』の第1弾『時間(とき)よ、とまれ』の脚本は超大物の早坂暁、主演は渥美清。この後も文芸もの、青春もの、メロドラマと模索が続いたが視聴率は伸びなかった。初めて20%を超えたのが、天知茂主演の『密室の美女』。以後娯楽ミステリーに活路を見出した。
「トラベルミステリー」など娯楽色ばかりが印象に残っているが、大野さんが「どうしても触れない訳にはいかない」と強調するのが79年放送の『戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件』。ギャラクシー賞や芸術祭賞(優秀賞)を受賞、視聴率も26%を記録した。まだ事件発生から16年しか経っておらず、局内には反対の声も強かった。監督の恩地日出夫は、ロケ現場をすべて実際の犯行現場で行う徹底ぶりで、画面も暗かった。犯人役の泉谷しげるさんの演技は高く評価され、その後、性格俳優として売れっ子になった。大野さんによると、なぜか本作品とは関係がない向田邦子が面識のなかった泉谷に「オマエ、この役をやれ!」と突然電話、泉谷さんは出演を決めたが、理由はまだ明かせないという。異色作、意欲作も少なくなかったようだ。
当初90分でスタートした『土曜ワイド劇場』が2時間になったのは79年の春からだ。大阪のABC(朝日放送)が参入し、枠を30分拡大した。もともとTBSとネットを組んでいたABCにはドラマ制作の実績がある。ABCが4回に1回、制作を担当し、藤田まことさん主演の『京都殺人案内』、『混浴露天風呂連続殺人事件』など関西色の強い独特の作品を生み出した。
こうなると平均視聴率20%を誇る、このおいしい枠をテレビ朝日に独占させておくのはもったいない、と他局も参入してきた。80年4月に日本テレビが『木曜ゴールデンドラマ』、さらに81年9月『火曜サスペンス劇場』と追撃。第1回放送の松本清張原作『球形の荒野』には、清張氏本人が特別出演し話題となり、火サスのテーマ曲『聖母(マドンナ)たちのララバイ』は岩崎宏美が歌い、120万枚の大ヒットになった。
TBSは82年4月、土曜日の同時間帯に『ザ・サスペンス』をぶつけてきたが、長く続かなかった。フジテレビも『OL三人旅』シリーズや市原悦子さん主演の『おばさんデカ・桜乙女の事件帖』シリーズなどで対抗、2000年にはついにテレビ東京も参入した。しかし、「土曜ワイド・火曜サスペンス」が並び立つ時期が長く続く。
やがて、「2時間ドラマ」に視聴者も飽きてくる。90年代にはフジテレビのトレンディドラマが全盛を迎える。『火曜サスペンス劇場』は05年9月に終わり、18年4月、40年続いた『土曜ワイド劇場』もついに幕を引いた。最終回のテレビ欄には「土曜ワイド劇場(終) 西村京太郎トラベルミステリー67 箱根紅葉・登山鉄道の殺意~妻を殺害した疑惑の男は二度死ぬ!?死後に、自分で遺言状を投函する男の謎...」という長い演目が載った。ちなみに巻末のデータ集によると、『土曜ワイド劇場』のサブタイトルの使用ワードの傾向を多い順にあげると、「謎、トリック、美人、京都/祇園、温泉」ということになる。名は体をよく表している。
本書ではテレビ朝日、ABC、日本テレビの当時の制作担当者が対談、おおいに内幕を暴露している。ABCのある担当者(実名)が温泉好きだったから、ABCの作品リストは温泉ばかりだとか、ある映画出身の監督(実名)の作品は、台本が一切なく、「毎日(台本の)号外が出てる。どんな話になってるかわからない」。本書には多くの映画監督の名前も登場する。斜陽の映画から多くの監督、スタッフが2時間ドラマにかかわったことが分かる。映画人の救済策としての2時間ドラマという観点は成り立つだろう。
2時間ドラマへの愛に満ちた本だ。
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