「第1次世界大戦の勝者は英米仏など連合国ではない。それはインフルエンザだった」。ドイツ陸軍総指揮官ルーデンドルフの言葉だ。第1次大戦(1914~18年)。その勝者となったインフルエンザは、いわゆる「スペインかぜ」だ。パンデミック(世界的流行)を引き起こし、2470万から3930万人の死者を出した。大戦での死者(670万人以上)を大きく上回った。
近年、インフルエンザの病原解明をけん引してきたのが、本書『インフルエンザ・ハンター』(岩波書店)の著者、ロバート・ウェブスターさんだ。インフルエンザウイルス研究の第一人者で、「フルハンター」(Flu Hunter=インフルエンザ・ハンター)と呼ばれる。この人の半生が、人とインフルエンザとの戦いの最前線だった。
本書監訳者の田代眞人さん(国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長)と河岡義裕さん(東大医科学研究所感染症国際研究センター長)はウェブスターさんの共同研究者だ。本書の日本語訳はウェブスターさんの出身大学からの依頼で実現したそうだ。
本書の紹介に入る前に、インフルエンザウイルスの概要をおさらいしておこう。直径は髪の毛の1000分の1程度。遺伝子8本を持ち、宿主の中で病原性のタンパクを作る。このタンパクのうち健康な他の細胞に取り付くのがヘマグルチニン(H)で、病原を拡散させるのがノイラミニダーゼ(N)だ。ウイルスのタイプは、ヘマグルチニンとノイラミニダーゼを代表にして大別。スペインかぜならH1N1型となる。
ウェブスターさんがインフルエンザ研究に進んだのは、インフルエンザウイルスの自然宿主が、野生の水鳥であることの発見だった。もともと獣医師だったが、留学先のオーストラリア国立大でインフルエンザ研究を指示されたのだった。当時、インフルエンザ感染でアジサシが死んだことが報告されていたが、インフルエンザの宿主としては豚が有力だった。
自然宿主発見のきっかけは67年、友人の研究者グレーム・レイバーとオーストラリア南西部の海岸を散歩していたときだった。あちこち散発的に打ち上げられていたのがオナガミズナギドリの死体。アジサシ死亡例を記憶していた2人は感染を直感した。産卵地での調査に乗り出して、野生宿主はオナガミズナギドリだと突き止めた。ウイルスのタイプはH2N2亜型。57年にパンデミックを起こした「アジアかぜ」の近縁だった。大発見である。
以降、インフルエンザ研究に集中。多くの幸運に恵まれることになる。
・産卵地での調査が遠隔地で自然保護区だったことなどから、遊び目的だと疑われて大学が許可を却下された
・アジアかぜ(57年)、香港かぜ(68年)の震源地と推定された中国南部への調査が72年に実現。中国での調査は当時、世界の研究者の願望だった。ただ、連日の「毛沢東語録」の講義には閉口した
などが、ほのぼのと語られている。その一方で、見込み違いをしたり、妨害にも遭ったりした。見込み違いでは、全世界に呼びかけてパンデミックを警戒していたH5N1型(トリ型は2014年に日本でも大量発生したことは記憶に新しい)が不発。その代り、スペインかぜによく似た豚型のH1N1型のウイルスが2009年、メキシコで出現してパンデミックに発展した。呼びかけた側の研究者は製薬会社との癒着を疑われる事態になったことも紹介されている。
このほか、鳥類のウイルス感染状況の世界的監視網整備や強毒型ウイルスの人工的作成成功(本書監訳者・河岡さんの研究グループ)、見えてきた弱毒型ウイルスから強毒型への変換メカニズムなどの成果が紹介されている。
50年前にたった2人でスタートした研究が、徐々に広がっていく、そして世界的な取り組みになる。その様子は読んでいて目を見張るものがある。どこか閉鎖的なイメージが付きまとう研究という世界。情報を共有しながら研究を進めてきたウェブスターさんの姿勢は、あらためて重要だと実感させられた。
ウェブスターさんはニュージーランド生まれの87歳。多くの成果を残してきたが、それでもなお警鐘を鳴らす。「パンデミックが起きるかどうかの問題ではない。いつ起きるのか、が問題なのだ」と。
1918年のスペインかぜは、流行が3派あった。第1派は米国から欧州。毒性は低かったが、第2、3派では高毒性に変異しておびただしい死者を出した。その第1派は、ちょうどこの時季、温帯の季節性インフルエンザが収束に向かう3月だった。
本欄では関連で『インフルエンザ なぜ毎年流行するのか』 (ベストセラーズ)を紹介している。
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