横須賀の海上自衛隊の一般公開で、旧日本海軍の白い軍服を着て記念撮影する若い中国人男性が本書『精日』(講談社+α新書)の冒頭いきなり登場する。中学生のころから日本海軍の戦艦のプラモデルをつくるなど軍事オタクの面もあるが、高校時代に「東京ラブストーリー」をはじめとした日本のドラマを見て、日本人の礼儀正しさを知り、敬愛するようになった。小泉八雲のようになりたい、と中国に留学していた日本人女性と知り合い結婚、来日後は日本人学校で学び、いま日本に帰化する準備をしているという。
この男性のように「精日=精神的日本人」と呼ばれる中国人が大勢、本書には出てくる。著者の古畑康雄さんは共同通信記者で、東大で中国語を専攻し、中国の大学に語学研修留学した中国通。現在は同社の中国語ニュースサイト「共同網」を企画、運営している人だから、客観的にこの現象をとらえている。
もともと「精日」とは、2017、18年に中国の戦跡で旧日本軍の軍服を着た中国人の若者たちが記念撮影し、逮捕されたり拘留されたりする事件が続き注目された。王毅外相が「精日」を「中国人のクズ」と発言、取り締まる法律も出来た。
古畑さんは多くの「精神的日本人」を自称する中国人とこうした行為を区別し、当局によって歪められた「精日」本来の意味を探ろうと取材を続けた。
それ以前にも1990年代に台湾で「哈日(ハーリー)」族と呼ばれる「日本大好き」現象はあったが、ネットにはその違いをこう説明してあったという。
「精日と哈日は一字違いだが、天地ほどの差がある。両者の最大の違いは、精日は自分は心のなかで日本国民だと思っており、日本への感情は娯楽、映画、ドラマ、ゲームなど哈日族の(が愛好する)範疇をはるかに超えており、思想や価値観の上でのグレードアップや生活態度の変化といえるだろう」
著者はさらに思想的な締め付けが厳しくなる現在の中国という政治体制から自分を切り離したいと考える中産階級の台頭を背景にみている。中国を自分の国と考えたくない人たちがいるというのだ。
20代のある「精日」の声を紹介している。
「日本は、中国人が憧れる『西側の普遍的民主社会の価値観』『中国人と比較的近い生活様式』『東アジアの中産階級が喜ぶ文化・娯楽環境』の三つを備えた国なのです」
日本への旅行を通じて、日本がそれまで教えられていた国とは違うことを知り、ショックを受け、好きになる人が多いようだ。
「日本にいると自分は本当に『人間』として扱われていると感じました。こうした感覚は、中国ではこれまでなかったものです」と話す若い女性は、十数回来日し、東京はほとんど行き尽くし、中国人があまり行かない場所に行ってみたいという。
著者はまた「サムライブルー」のユニフォームで、日本のサッカー代表チームを応援する若者たちにも会っている。自国よりも成熟した日本サッカーを尊敬し、Jリーグの試合もネットで見ているそうだ。サッカー以外にも多くの日本文化、芸能に関心をもっている。
2003年に45万人にすぎなかった訪日中国人は17年に736万人、18年には800万人を超えたと見られる。旅行を通じて、日本を体験した人たちは日本ファンとなり、リピーターとなる。最近、「爆買い」は減っているといわれるが、それは買い物よりも体験に彼らの関心がシフトしたせいもあるのではないだろうか。
本書を読み、中国の人たちが日本を愛するのはうれしく思った反面、脅威に感じた部分もある。それは中国の大都市に比べて割安な東京の不動産や日本の発達した健康保険制度に、彼らが魅力を感じていることだ。実際、東京・湾岸のタワーマンションでは中国人オーナーが増加、また日本に居住する子供の親が中国から来日して安く治療を受けるケースが増えている。行き過ぎた「精日」が日本で反発を受けたり、中国で「反日」を生んだりしないことを願いたい。
本欄では中国の最新政治情勢として『習近平のデジタル文化大革命』(講談社+α新書)を紹介している。
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