2人の精神科医が共同してつくった不思議な本である。著者の一人、塚本千秋さんは1958年生まれ。岡山大学医学部卒。岡山大学教育学部教育実践総合センター教授。もう一人の尾上太一さんは1959年生まれ。近畿大学医学部卒。日本大学大学院芸術学研究科(映像芸術専攻)も修了している。
本書『相談者』(日本評論社)は以下のような構成になっている。まず、塚本さんが数百字の文章を書いて投函する。受け取った尾上さんが撮りためたモノクロ写真から一枚を返送する。被写体は、風景や子どもたちが多い。届いた写真を見ながら塚本さんがまた数百字の文章を書いて尾上さんに送る。その文章を読んでまた一枚の写真を送る。
手紙と写真でやりとりした「ヤギさん郵便」だ。この繰り返しを約3年間つづけたという。
「・・・交差点をはさんで、駐在所の斜めむかいの住宅街のなかに、古い平屋を借り、相談室を開いた」 「古道具屋で見つけた背の高い食器棚とブナ板のテーブルを置き、背もたれ付きの椅子を五つ並べた・・・」
こうしてできた「相談室」が話の中心になる。最初の相談者は「彼」、二人目の相談者は「彼女」としか記されない。「彼」がワークキャップをかぶり、「彼女」が白いシャツにデニムをはいて光沢のあるリボンを巻いたカンカン帽をかぶっていたことだけは分かる。どんな相談をしたのか、そもそも相談をしたかどうかもはっきりしない。
相談室には利用案内が掲げられている。「何でも相談できます。人に言えない悩みはもちろん、約束を度忘れしたときのいいわけ、居眠りしたいのにできない会議の過ごし方、舌打ち癖のある友人にそれとなく指摘する方法の相談にも乗ります・・・」。
何人かとの相談の様子が、ポツリポツリとつづられる。「別に話したいわけじゃないんですよ」「朝から気分が沈み、いたたまれない思いが強まっていました」。いずれも具体的な内容はほとんど示されず、模糊としている。全体が午睡のまどろみで見た夢のようでもあり、何となく靄がかかっている。
塚本さんは著書に『明るい反精神医学』、訳書に『精神疾患はつくられる』がある。尾上さんは岡山市内で精神科の診療所を開くかたわら『北前船―鰊海道3000キロ』『島を愛す―桃岩荘/わが青春のユースホステル』『島医者 礼文町船泊診療所』などの写真集を出している。二人は、3年間のやりとりをこう振り返る。
「思いがけない写真が届いて、書き手が困った。物語の展開についていけず、写真家は途方に暮れた」
「たぶんそれは、相談をする者と、される者の間に起きる『すれ違い』に似ている」
何かをしきりに声高に主張する本が多い中で、本書を支配するのは「沈黙」と「静謐」、ゆっくりした時間の流れだ。作家の小川洋子さんが「帯」に一文を寄せている。「黙っていることは、決して無為ではなく、こんなにも深い安らぎ与えてくれるのかと、この一冊は教えてくれる・・・」。
精神医療と臨床関係で本欄では何冊か紹介している。『死を思うあなたへ』(日本評論社)、『精神障がいのある親に育てられた子どもの語り』(明石書店)、『うつ病診療における精神療法――10分間で何ができるか』(星和書店)、『自分を傷つけてしまう人のためのレスキューガイド』(法研)、『戦争とトラウマ――不可視化された日本兵の戦争神経症』(吉川弘文館)などだ。
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