読むべき本、見逃していない?

「仁義なき戦い」で組長役、チンピラだった時代があった

巨匠とチンピラ 小津安二郎との日々

 1958年(昭和33年)の17歳のころから、ほぼ半世紀にわたって数多くの映画、テレビドラマに出演した俳優、三上真一郎さんの訃報が11月半ばに伝えられた。亡くなったのは7月14日。77歳。「学校嫌い」で、高校在学中に役者を志望したという三上さん。訃報を伝える記事で、デビュー当時のことなどをつづった著作があることを知り、図書館の書架から見つけ出してきた。

還暦迎えて十代デビュー時を回想

 それが本書『巨匠とチンピラ 小津安二郎との日々』(文藝春秋)。「あとがき」の日付は2001年(平成13年)3月3日、奥付によれば出版は同年4月20日とあり、三上さんが還暦を迎えて、巨匠と呼ばれた小津安二郎監督にかわいがられたころの「チンピラ役者時代」を回想したものだ。

 インターネットで検索できる三上さんの出演歴をみると、本書出版時はほとんど活動しておらず、執筆に力を注いでいたとみられる。当時ですでに40年以上も前のことなのに、細部まで描写が具体的で、筆運びは軽やかだ。

 三上さんは高校2年生のとき、ツテを頼って松竹に入社。それが1958年春のことで、ひょんなことから、1週間後に映画デビューを果たしたという。俳優としての三上さんは、評者にとっては、後半生の渋いわき役や悪役の印象が強く、そのスタートが松竹だったとは意外だった。しかも、こうして本にするほど。ご本人としては、二十代半ばまでの7年間ほどだった松竹時代への思いが強いことが分かって意外感はさらに増した。

往時の名匠、アイドルの意外な実像も

 松竹入社当時の三上さんは、そのころアイドル的人気で歌手から俳優に活動の場を広げていた小坂一也さんらと、明朗快活路線をいく松竹の若手看板俳優の一角とされた。大船、蒲田、京都の各撮影所の描写に、五所平之助、木下恵介、新人時代の大島渚、吉田喜重ら名匠、巨匠と呼ばれた監督の名前が並ぶ。篠田正浩さん、のちに直木賞作家となる高橋治さんら「才気溢れる若い助監督たち」の、撮影所内で肩で風切る姿に、彼らが松竹を去ってからの活躍の予兆とみている。

 小津安二郎監督との出会いは、入社2年目、同監督の代表作の一つである「秋日和」でキャスティングされてだった。本人にとっては「棚からぼた餅」的な出演話で、先輩俳優から売り出し中だった津川雅彦らの売り込みを抑えての指名と聞かされ、初の「小津組」入りにいっそう奮起したようだ。

 それまで十数本に出演してきた三上さん。なかには相性の合わない監督もいた。ところが小津監督のほのぼのとした人柄や、さまざまなことに行き届いた小津組に居心地のよさに触れ傾倒が強まる一方。そして「秋日和」の出番を終え、小津監督とカウンターで並んだ天ぷら屋でついに誓いをたてたものだ。

 盃を重ねながら監督は三上さんにこう話した。「なあ、信公。おれは、一年に一本しか撮れない貧乏な監督だが、おれで我慢しろや。おれが撮るときは、必ず信公を使うことにするから」。「かくして」と三上さん「巨匠とわたしは師匠と弟子という関係になったのである」と宣言している。

小津遺作「秋刀魚の味」で好演

 本書で三上さんは、小津監督との触れ合いを中心に、松竹時代のさまざまなことを回想。小津監督の後輩である、名匠と呼ばれた監督の意外とも思える人物像に触れ、その意外ぶりに三上さんがキレて、同監督の作品には使ってもらわなくて結構!などと述べたことなどがつづられる。また、松竹入社がほぼ同期の小坂一也さんが、のちに同棲、挙式することになった女優、十朱幸代さんに、共演をきっかけにアプローチする裏話や、松竹以外の名匠と呼ばれた監督らの、こちらも意外とも思えるエピソードなどにも回想は及ぶ。

 さまざまな回想は、テーマや登場人物の相関関係によっては、複雑さが行間から感じられ、三上さんの気苦労が忍ばれるものも少なくない。一方で、小津監督はいつもひょうひょうとした様子ながら、撮影となると、出演者の足のちょっとした汚れも見落とさないなど細心の注意を怠らないばかりか、出演者やスタッフたちとは和気あいあいなようで、小津組は三上さんにとってオアシスようにも描かれる。

 そんな三上さんの思いにこたえて小津監督は「秋日和」のあと、遺作となった「秋刀魚の味」(1962年)で再び三上さんを起用。「素晴らしい役をいただいた」と三上さん。作品の舞台である一家の次男の学生役で、当時の現代っ子を好演した。弟子入り後に「少なくとも3本」と見込んでいた三上さん。この一本で終わったことに「弟子として不満」を述べている。

 同作品の約40年後、テレビドラマとしてリメークされ、三上さんは、映画で笠智衆が演じた父親(宇津井健)の同級生役で出演した。

「組長」に成長

 三上さんは65年に松竹を退社してフリーに。その後は、任侠作品や実録シリーズで走る東映作品の出演が多くなる。「三上真一郎」といえば、東映作品での記憶が濃い人も多いに違いない。

 とくに「仁義なき戦い」(73年)で、組幹部役の松方弘樹と渡り合う組員の役のほか、同シリーズの「仁義なき戦い 頂上作戦」では組長として、配下の組員(小倉一郎)に向かい、鉄砲玉になるようそそのかすシーンは、ファンの間ではいまも語り草になっている。

 松竹時代以降の回想録も書いてほしかったと思うのは評者ばかりではないはずだ。

  • 書名 巨匠とチンピラ 小津安二郎との日々
  • 監修・編集・著者名三上 真一郎 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2001年4月20日
  • 定価本体1619円+税
  • 判型・ページ数四六判・280ページ
  • ISBN9784163573809

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