明治になって日本が急激に成長したのは、江戸時代の知的蓄積が豊富だったから、といわれる。中でもしばしば指摘されるのが、読書熱の高さだ。本書『江戸のベストセラー』(洋泉社)は江戸時代にどんな本が話題になり、よく読まれていたか、改めて振り返ったもの。知っている本もあれば初耳もあり、なかなか興味深い。
著者の清丸惠三郎さんは1950年生まれ。日本短波放送記者を経てプレジデント社に移り、雑誌「プレジデント」の編集長を前後2回、7年間にわたって務めた。同誌をビジネス雑誌ナンバーワンに押し上げた立役者だという。その後は別の出版社を立ち上げる一方、フリーの編集・出版プロデューサーとしても活躍しているようだ。
本書では12冊が取り上げられている。井原西鶴の『好色一代男』、近松門左衛門の『曽根崎心中』、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』、鶴屋南北の『東海道四谷怪談』、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』などは今も読み続けられている。いわば何百年も続くロングセラーだ。貝原益軒の『養生訓』や杉田玄白の『解体新書』も、教科書で習うので名前は有名だ。
余り聞きなれないところでは、『塵劫記』(じんこうき)や、『武鑑』がある。
『塵劫記』は中国の数学書『算法統宗(中国語版)』をもとに書かれた数学の入門書。基礎から応用まで容易に学習できる。寺子屋などで使われた。要するに算数のテキストだ。
『武鑑』は大名や江戸幕府役人の氏名・石高・俸給・家紋などを記した年鑑。今でいう「紳士録」のようなもの。毎年更新され、ポケット版も作られた。
著者は、ビジネス雑誌の腕利き編集者だけあって、こうしたベストセラーにちょっとしたキャッチコピーを付けて紹介している。『塵劫記』は「技術大国日本への道を拓いた和算入門のバイブル」、『解体新書』は「近代医学の曙となった江戸のプロジェクトX」、『南総里見八犬伝』は「終わらないのは江戸の昔も同じ! 元祖ドラゴンボールの憂鬱」などなど。『武鑑』は定期的に改訂された江戸版『会社四季報』と見なしている。
これらのベストセラーをあえて分類すれば、健康読本、学習参考書、タウンガイド、ファンタジーやホラー、実録小説、ルポもの、事典など、現代のベストセラーとたいして違わないところも面白い。
江戸時代の識字率については諸説あり、はっきりしない。武士や上層部の町民が相応の教養を誇っていたことは間違いないが、『日本人の名前の歴史』(吉川弘文館)によれば、名前が書けない人も少なくなかった。明治になって相次いで発行された新聞が「婦女子の識字率向上」を目指したものだったことはよく知られている。明治の中ごろでも青年層の識字率は半分程度だったようだから、江戸時代がそれより下回っていたことは間違いないだろう。
一方で、江戸時代は「技術先進国」でもあったことは、『江戸時代のハイテク・イノベーター列伝』(言視舎)などに詳しい。さまざまな意味で江戸時代の蓄積が、明治時代を準備していたことは確かだろう。ちょうど東京都墨田区の「たばこと塩の博物館開館」では2019年1月14日まで、日本が初めて公式に参加した万国博覧会を振り返る「産業の世紀の幕開け ウィーン万国博覧会」が開かれている。1873年の開催だが、出品物の大半は江戸時代の所産だ。一度見ておくといいかもしれない。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?