なぜ昭和の日本は戦争へと向かったのか、という問題意識で3巻まで刊行された、ちくま新書『昭和史講義』の第4弾は、【軍人篇】である。昭和史の中でも戦争、軍隊、軍人を扱ったものは不正確なものが少なくないという。編者の筒井清忠さん(帝京大学文学部長・大学院文学研究科長)は、「軍人・軍隊への事実に基づかない一方的な攻撃・糾弾やそれへの反発からか擁護・礼賛に終始したものも少なくない」として、まず厳密な史料批判に基づいた正確な史実の確定をと説く。
なぜそうなったのか。戦後しばらくこのテーマはタブー視されてきたからだ。1970年代になりようやく客観的な研究が始まったという。本書では筒井さんが信頼できる執筆者に依頼、陸軍8人、海軍6人の14人の軍人について最新の研究成果をまとめた列伝となっている。
それぞれの人物の見出しが面白いので、執筆者名とともに一覧してみよう。
東条英機 昭和の悲劇の体現者 武田知己(大東文化大学教授) 梅津美治郎「後始末」に尽力した陸軍大将 庄司潤一郎(防衛省防衛研究所研究幹事) 阿南惟幾 「徳義即戦力」を貫いた武将 波多野澄雄(国立公文書館アジア歴史資料センター長) 鈴木貞一 背広を着た軍人 高杉洋平(広島大学文書館助教) 武藤章 「政治的軍人」の実像 同 石原莞爾 悲劇の鬼才か、鬼才による悲劇か 戸部良一(帝京大学文学部教授) 牟田口廉也 信念と狂信の間 同 今村均 「ラバウルの名将」から見る日本陸軍の悲劇 渡邉公太(帝京大学文学部専任講師) 山本五十六 その避戦構想と挫折 畑野勇(学校法人根津育英会武蔵学園勤務) 米内光政 終末点のない戦争指導 相澤淳(防衛大学校防衛学教育学群統率・戦史教育室教授) 永野修身 海軍「主流派」の選択 森山優(静岡県立大学国際関係学部教授) 高木惣吉 昭和期海軍の語り部 手嶋泰伸(福井工業高等専門学校講師) 石川信吾 「日本海軍の最強硬論者」の実像 畑野勇 堀悌吉 海軍軍縮派の悲劇 筒井清忠
東条英機の項では、首相としての東条は真珠湾攻撃の情報を知らされなかったという興味深い事実を指摘している。「東条は、陸軍大臣として陸海の統帥部と省部が列席する大本営連絡会議に参加することで初めてその情報を入手したというのである」。こうした異常な事態は日中戦争勃発後、しばしば起きていたというから驚く。
「悪の代名詞」の感がする東条だが、開戦後の戦争指導者としては有能で、またアジア諸国を飛び回る初の総理大臣だった。武田氏は「東条を単なる独裁者と呼ぶことも、まったくの無能者とも無責任な指導者ということも、もはや許されない。(中略)東条や彼に体現される日本政治の限界や欠陥も明らかだ」として、「東条の再評価は、あの戦争における日本の責任を考える時と同様に、より大きな視野で、バランスをとりながら行われることが必要不可欠である」と結んでいる。
一時期、東条の最大のライバルと言われ、多くの本が書かれている石原莞爾に対しても冷静な立場だ。満州事変を謀略で始めた石原莞爾に対しては、「世界最終戦論」や日蓮信仰への共感からか擁護する論もあるが、戸部良一氏は「石原が起こした事変のために、その後の日本の外交も内政も混迷を深めたことは否めないだろう」としている。
14人の列伝を通読して痛感したのは、陸海軍の対立、陸軍内部の激しい派閥抗争であり、下剋上と言っていいような「現場の暴走」ぶりである。このような組織が政治化し、国家権力を掌握したのが、「昭和」前半の悲劇につながったのだろう。
それぞれ、さらに詳しく知るための参考文献も挙げられており、親切だ。
BOOKウォッチでは関連書として『昭和の怪物 七つの謎』 (講談社現代新書)、『帝国軍人の弁明』(筑摩書房)などを紹介している。
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