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「カフェオレ」の元祖は明治時代の有名作家だ

日本の名随筆 (別巻3) 珈琲

 読書週間ということで、各地の図書館では様々な企画が行われている。近所の図書館では「リラックスできる本」の特集コーナーができていた。そこで本書『日本の名随筆 (別巻3) 珈琲』(作品社)を見つけた。「珈琲」という括りと、編者が詩人でエッセイストの清水哲男さんということで、確かに何となくリラックスできそうな気分になって手に取った。

コオヒイを入れて御馳走

 本書は「日本の名随筆」という100巻シリーズの別巻。作家、評論家、詩人、演劇人など40人による「珈琲」にまつわる随想が並んでいる。1991年の刊行だが、かなり好評だったようで、2000年代になっても版を重ねている。

 古いところでは田山花袋(1872~1930)が登場している。渋谷のちょっと先の方に住んでいた若き国木田独歩を訪ねる話。柳田國男も一緒だった。独歩は1908(明治41)年に亡くなっているから、それ以前のことだ。

 武蔵野の面影が残る丘の上の家で、独歩は、隣の牛乳屋から絞り立ての牛乳を取り寄せる。「茶碗にあけて、それにコオヒイを入れて御馳走をした」という。「コオヒイ」という表記が時代を感じさせるし、それが「御馳走」だったということが何となく納得できる。

 本書の中でコーヒー研究家の伊藤博という人が「日本文学に表われたコーヒー」について書いている。それによると、日本文学史に表れたコーヒーで、第一に浮かんでくるのは木下杢太郎の詩集「食後の唄」だという。1919年刊行のようだ。詩の中に「珈琲、珈琲、苦い珈琲」という言葉が登場する。

 伊藤氏によると、1888(明治21)年には東京・上野に「可否茶館」が開店した。明治の末には銀座に「カフェ・プランタン」が誕生している。田山花袋の前述の話は、彼の明治29年の著書に出て来るそうだ。

植草甚一さんは喫茶店を経営していた

 本書では、寺田寅彦「コーヒー哲学序説」、高村光太郎「珈琲店より」、吉田健一「カフェ」、淀川長治「喫茶店のこと」、萩原朔太郎「喫茶店にて」、山口瞳「魚河岸のコーヒー」、村松友視「アメリカン・コーヒーよ、何処へ行く」、常盤新平「喫茶店について」、別役実「喫茶店」、長田弘「コーヒー屋で馬に出会った朝の話」、小田島雄志「喫茶店人生」など故人や現役の有名人がそれぞれの珈琲体験、喫茶店の思い出などを語っている。

 久しぶりに植草甚一さん(1908~ 1979)の名前を見つけたので、ジャズ喫茶の話でも書いているのかと思ったらそうではなかった。「珈琲のにおいほどの誘惑はない/どっさり珈琲の粉を」という一文で、昭和2年ごろの話を書いている。その頃の珈琲は一杯十銭で、中央線の古本屋で十銭か二十銭まけてもらって古本を購入すると、得した気分になって喫茶店に入っていたそうだ。昭和初期の第一次喫茶店隆盛期には、植草さん自身が喫茶店を経営していたこともあるという。当時は中央沿線から神保町あたりに300軒の喫茶店があった。行きつけの喫茶店に入って、くつろぎながら好きな本を読むという植草さんのライフスタイルの歴史が意外に古く、筋金入りだと知った。

 本書ではいろいろなエピソードが出て来るが、やはり上述の「国木田独歩」が気になる。明治維新から30年足らずのときに、武蔵野の寓居で、訪ねてきた友人に当時は珍しかった「コオヒイ」をふるまう。それもミルク割りで。今でいうところの「カフェオレ」の元祖ともいえる。そこで独歩、花袋、柳田國男の三人がどんな話に興じたのか。そのあたりは分からないが、「どうです、この味は」「いやあ、初めて飲みました」「これは、なかなかですな」とか言って、リラックスしていたに違いない。

 BOOKウォッチでは関連書として『珈琲が呼ぶ』(光文社)も紹介している。

  • 書名 日本の名随筆 (別巻3) 珈琲
  • 監修・編集・著者名清水 哲男 編集
  • 出版社名作品社
  • 出版年月日1991年5月 1日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・261ページ
  • ISBN9784878938238

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