将棋の藤井聡太さんが最年少棋士として脚光を浴びたのは、2016年12月24日、竜王戦6組ランキング戦で加藤一二三九段と対局した時だった。二人の年齢差は62歳6カ月で、記録に残っているプロ棋士の公式戦では最多年齢差の対局。加藤さんを破った藤井さんは公式戦勝利の史上最年少記録を更新した(14歳5カ月)。
敗れた加藤さんだが、明るくユニークなお人柄で「ひふみん」の愛称で親しまれるようになった。その後テレビのバラエティ番組に出演したり、CMに起用されたりと、翌年の現役引退以降も忙しい日々を送っている。本書『幸福の一手』(毎日新聞出版)は、そんな加藤さんから前向きに人生を送るようにとメッセージが込められた本だ。
評者は、ある棋戦で加藤さんとご一緒したことがある。日曜日だったので、ある地方都市の棋戦会場近くの教会へ加藤さんは向かわれた。キリスト教への信仰が加藤さんの仕事と生活の中心にあることを実感した。本書にもクリスチャンとして生きる喜びが随所に書かれている。
加藤さんは小学生の時に「将棋とは、最善手を指し続ければ勝てる世界」ということに気がついたという。その後、プロ棋士になり、公式戦勝利の史上最年少記録を立て、その天才ぶりから「神武以来」と呼ばれた。加藤さんは「私の場合、人生における最善手は、『キリスト教』でした」と書いている。「自分の限界を突破したいときや、窮極のところを目指したいとき、キリスト教という人生の『最善手』に頼ることは、おかしなことでも、ずるいことでもありません」とも。
ある体験を告白している。加藤さんは一度だけ名人になったことがある。その9年前に「初聖体」を受けるお嬢さんに「パパが名人になれるよう祈ってほしい」と頼んだという。カトリックの世界では「初聖体を受ける日に神様に願うことは、どんなことでも神様がお聞き入れになる」という言い伝えがあるからだ。それが9年後に実現したというのだ。お孫さんの「初聖体」の際には、自分の実力で二度目の名人になろうと、あえて頼まなかった故に名人の座を逃がしたと反省する。二度目も神様にお願いすべきだったと。「はかるは人、成すは神」という聖書の言葉を紹介している。
昨年(2017年)の現役引退前はたいへんな不安に襲われたという。東京・四谷の聖イグナチオ教会で、神父から「仕事をしなさい」という「ゆるしの秘跡」をあずかった。すると引退後、テレビ出演など仕事の量は増えた。
「何度失敗しても、立ち上がればいい」「努力が実る瞬間は絶対くる」「落胆からは何も生まれない」「何をおいても、心を守る」などの名言が、加藤さんのエピソードに沿って語られている。
ところで、藤井聡太七段は、加藤さんが持っていた最年少記録を次々に更新しているが、「18歳3カ月でA級昇格」という記録を破ることは不可能だという。現在C級1組にいる藤井さんは、最速でも18歳8カ月になるからだ。加藤さんの偉大さがよく分かる。
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