数年来のブームで昨年ついに、猫は、飼育数で犬を上回り、人間の「最良の友」のポジションについた。だが、猫は、古くからその霊力で知られた動物。農家などにとっては守り神であり、虐待や不義理に遭えば化け猫となって祟るとされた。ペットとしても接し方に細心の注意が必要なのだ。
本書『猫神さま日和』(青弓社)は、全国各地で語り継がれている「猫神」をたずね歩いてその霊力にまつわる逸話を集めて紹介したもの。なかには、窮地を救ってくれた人間に自らの命にかえて恩返しをした話も少なくない。
かつての街の米穀店では店先などで飼い猫がまるまっている姿がみられたものだ。店に現れる鼠からコメを守る役目を担っていた。こちらは「番人」程度の役割だったが、江戸時代の終わりから明治時代にかけて全国で盛んに行われるようになった養蚕業では守り神になったという。蚕や繭を食い荒らす鼠は養蚕農家にとっては大敵。その鼠を退治する猫は神様にも擬せられる存在だった。
養蚕の守り神として猫を拝む対象にしている神社などは各地に少なからずあるという。京都・京丹後市の金毘羅神社内にある小さな社、木島神社はその一つ。社そのものは小さいが、その前では、石造りの立派な狛犬ならぬ狛猫(?)が参詣者を迎えるように構えている。同市峰山町は、丹後ちりめんの発祥地であり、江戸時代には養蚕と織物で栄えた地域。木島神社はもともと養蚕の神様で、だからこそ、狛猫が守りを固めているのだが、峰山のちりめん業者が招請してこの地に祀られるようになったという。
養蚕業の衰退とともに、これらの神社には参詣者が少なくなって忘れられており一部はたどりつくまでに相当な困難があったという。
猫の霊力をめぐって意外にも、恩返しとして発揮されている伝承が少なからずある。猫は犬との比較で「気まぐれ」「恩知らず」などとされるが、実は義理堅いということか。
岩手県陸前高田市矢作町ではこんな話が伝わっている。
この地域にかつてあった宝鏡寺は小さく貧しい寺で、和尚は托鉢でしのぐ毎日だった。ある日、その途中で捨てられて鳴き声をあげる子猫をみつけ連れ帰る。成長して寺の名物猫になったのだが姿を消してしまい、ある夜、和尚の夢に現れた。猫は和尚に「あす近くの村の大金持ちの家で行われる葬式で自分が棺を空高く舞い上げるので、和尚はその葬式に出かけ、お経をあげて...」などと、棺の下し方の呪文を授ける。その通りのことを行うと、棺は祭壇に収まり、和尚はたくさんのお布施を手にすることに。
すぐのちに「和尚は名僧」と評判になり檀家が増加。貧しさを脱することができたが猫は戻って来ない。近所の人と探したところ、近くの川の淵に沈んでいるのが発見された。悲しんだ和尚らは淵の傍らに祠を建てて「猫淵様」として祀った。
「民話」としてよく知られる「鶴の恩返し」に通じるストーリー展開だが、本書によると、人間の葬儀で遺体を納めた棺を空に舞い上げる霊力を発揮する猫の話は、細部は異なるものの、全国各地にあるという。著者は、温泉の歴史、文化、民俗に興味を覚えて執筆活動を展開しているフリーライター。「猫神様」については『猫神様の散歩道』(青弓社)という著書もあり、本書では、ほかの猫の恩返しの伝承も紹介している。
霊力をめぐっての猫と人間のかかわりでは、恩返しよりも、化け猫騒動の方がおなじみだろう。本書では、広く知られた「鍋島の化け猫騒動」のノンフィクション編に触れ、熊本・水上村の「生善院」をめぐる「相良藩の化け猫騒動」を紹介。守り神、恩返しの伝承と合わせて、本書で猫についての様々な伝承を知り、今後は、家で飼っている猫をもっと大事にしようと強く思った。
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