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日本の初の「整形女優」はあの超有名人だった

大正昭和美人図鑑

 大正ロマンや昭和モダン――それを「美人」というくくりで鮮やかにまとめたのが本書『大正昭和美人図鑑』(河出書房新社)だ。一世を風靡した当時のアイドル、美形女優らの写真がこれでもかというぐらいてんこ盛り。約300点掲載されている。昭和を回顧する同社「らんぷの本」シリーズの近刊だ。パラパラめくっているだけでも、時代をリードした女性たちの栄光と波乱の人生に思いをはせることができる。

大衆にもてはやされ愛された女性たち

 類書はいくつかあるのだろうが、本書の際立っているところは芸者から女優まで幅広く網羅していることだ。単なる社交界の花形などではなく、さまざまな新興メディアを通して大衆にもてはやされ、愛された女性たちを取り上げている。加えて著者の小針侑起さんが非常に若いということも大きな特徴だ。経歴によれば1987年生まれ。近代芸能史や浅草オペラの研究者だという。すでに『あゝ浅草オペラ 写真でたどる魅惑の「インチキ」歌劇』などの著書がある。

 「大正昭和」と銘打たれているが、実際には明治の中期から説き起こされている。登場するのは主に芸者だ。「明治時代の美妓たち」として、「毒婦」や「貞女」、「日本一の名妓」などが紹介されている。当時は「美人絵葉書」がブームになり、その主役の座を担っていたのが彼女たちだった。著者は「辛い芸者のつとめ」というコラムで、「家が没落したため、泣く泣く芸者稼業に身を沈めた者がほとんど」と指摘し、華やかできらびやかなイメージの裏側に潜んでいた非情な現実も記す。

 15歳の時「旦那」に身の潔白を証明するために小指を切った芸者や、色恋沙汰で殺人事件を起こすなど、スキャンダルで有名になった芸者についても詳しく触れている。のちに小説などにもなっているので、このあたりは知る人ぞ知る話かもしれない。ただし、その小指を欠損した写真というのは初めて見た。

 本書はさらに「われ新しき女かな」「浅草に花開いた民衆文化とオペラ女優」「スクリーンに微笑む女神たち」「少女歌劇」などジャンルを小分けしながら、時代を追って舞台やスクリーンを彩った美人たちを紹介していく。日本の女優史の頂点にそびえる松井須磨子は「整形女優第一号」で、その後の昭和初期の女優も、しばしばプチ整形していたなどというのは初めて知った。

女優の地位向上に尽くした女優

 著者は、かつて芸者はもちろん、「芸能人」は社会的にやや低く見られていたということを繰り返し語る。実際、登場人物には、生年や没年のわからない人が少なくない。

 そうした中でも、女性や芸能人のために奮闘してきた先駆者がいた。例えば明治期に大活躍した川上貞奴は、7歳で置屋に養女に出され、芸者となって伊藤博文や西園寺公望にひいきにされた。ところが自由民権運動家で興行師の川上音二郎と結婚したことで、人生が様変わり。日本を代表する女優として海外でも人気になり、明治末期には夫とともに日本初の女優養成所である帝国女優養成所を設立、それまで最下層の扱いだった女優の地位向上に尽くしたという。

 1921(大正10)年に浅草で開業した「パンタライ社」の話も興味深い。浅草オペラの人気にあやかった「女優事務所」だったようだが、同社の顧問はアナーキストの大杉栄やダダイストの辻潤だった。「新しき女」が注目された大正ロマンは、まさに大正デモクラシーの時代なのだ。

 一方で、昭和モダンが謳歌された昭和初期は、モガ・モボと浮かれる一方で、すでに本欄でも紹介した『空気の検閲』にもあるように、表現の自由が窮屈になり始めていた。1925(大正14)年に施行された治安維持法は、昭和に入ってから本格稼働、やがて毎年一万人以上が検挙されるようになるなど、「戦時体制」が強化されていく。1938(昭和13)年には、当時のトップ女優、岡田嘉子が共産主義者で演出家の夫の杉本良吉とソ連に亡命して世間を驚かせた。本書はおおむね、そのあたりまでの記述で締めくくられている。

 本書は、単純な美人ガイドのように見せつけながら、よく読むと、実は近現代史にもそれなりの注意を払っている。戦前の女優を苦しめた法律として姦通罪、堕胎罪などについても一項を割いている。著者はまだ若いが、なかなか油断ならない人だと見た。

  • 書名 大正昭和美人図鑑
  • 監修・編集・著者名小針 侑起 著
  • 出版社名河出書房新社
  • 出版年月日2018年7月26日
  • 定価本体1850円+税
  • 判型・ページ数A5判・160ページ
  • ISBN9784309750316

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