先月(2018年7月)、オウム真理教のサリン事件の死刑囚13人への死刑執行が行われた。その中の一人、中川智正と15回の面会を重ねたアメリカの毒物学者がいた。「死刑執行されたら出版してください」という中川の言葉に応じて、本書『サリン事件死刑囚 中川智正との対話』(株式会社KADOKAWA)は緊急出版された。
著者のアンソニー・トゥー氏は、コロラド州立大学名誉教授で、台湾名は杜祖健。松本サリン事件、地下鉄サリン事件で、日本の警察当局の捜査に協力し、事件解明のきっかけを作ったとして、2009年には旭日中綬章を受章している。
教授が初めて中川元死刑囚に東京拘置所で面会したのは11年の12月14日。「先生、しばらくです。アメリカからわざわざおいで下さりありがとうございます」というのが中川の第一声だった。死刑が確定する直前の11月から二人の文通が始まっていた。面会の一つの条件は、死刑確定以前に文通があったかだというから、ぎりぎりのタイミングだった。
オウムの化学・生物兵器について知りたいという教授のどんな質問に対しても、中川はすばやく要点をつかんで答えたという。また教祖・麻原彰晃の主治医であり、教団の中枢にいた中川は他の死刑囚や幹部の役割も把握していたため、教授は驚くほど的確に、一連の事件の真相にたどりついたように思える。
「死刑囚との対話」というタイトルから予想したウエットな感情とは無縁の、ドライな事件の構図、見立てが本書の読みどころだ。おそらくこれまで出版されたどんな「オウム関連本」よりも正確無比な内容と思われる。
たとえば、1995年1月1日付の読売新聞は、山梨県の教団施設があった上九一色村の土から警察がサリンの分解物である有機リンを発見したとスクープした。麻原はこの報道に驚き、すべての化学兵器を破壊するように命じたという。ほとんどは廃棄されたが、サリンを作る一歩手前の化合物メチルホスホン酸ジフルオリド(ジフロ)はたくさん残り、地下鉄サリン事件に使われたサリンの合成の起点となった。この報道がなければ、もっと悲惨なテロが起きていただろう、と教授は見ている。
岡山市に生まれ、京都府立大学医学部を卒業し、ヨガに興味を持ち、オウムの道場に入った中川。教授は彼の個人的な動機や心情についてはなるべく聞かないようにしたというが、やがて毎年クリスマスカードが届くようになり、「犯した罪は許しがたいものであるが、私は彼から多くのことを学んだ」と書いている。
専門家としてサリン事件の解明に協力したことで、中川との面会が法務当局に特別待遇的に認められたと見られている。その機会を二人はよく活用し、本書のようなアウトプットで、闇につつまれていた部分を明らかにした意義は大きい。
執行直前の7月2日付のメールで中川は「私が論文を書いたり、研究者に協力しているのは、私がやったようなことを他の人にやって欲しくないからです」と書いている。
教授は「彼の死刑執行という事実で中川という個体がこの世から消されてしまったことに対し、私は一抹の哀悼を感ずる」と結んでいる。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?