ソ連が崩壊して、隠蔽されていた「不都合な真実」が次々と明るみに出てきた。中でも強烈なのが長期にわたる核実験の被害実態だ。本書『核実験地に住む』(花伝社)は456回もの核実験が繰り返されてきた中央アジア・カザフスタンからの現地報告。今も後遺症に苦しむ人々の証言を丹念に集め、「核」の怖さを訴えている。
著者のアケルケ・スルタノヴァさんは1983年、カザフスタンのセミパラチンスク市(現在のセメイ市)で生まれた。カザフスタンの大学を出て、日本に留学、一橋大学の大学院修了。在日カザフスタン大使館で働いていたこともある。2009年に放映されたNHKの特集「核は大地に刻まれていた~"死の灰"消えぬ脅威~」などでカザフスタン取材の通訳を務めた。
本書は修士論文に手を加えたものだが、最大の特徴は、核実験場のあった現地出身者による現地報告ということだろう。類似の現地調査は日本の大学の研究チームも行っているが、通訳を介しての作業。著者はロシア語も、カザフスタン語も、そして本書を書く日本語もできるのが強い。
母親が育った村が、実験場に近く、子供のころからなんとなく「被害」を知っていた。ただし、それが「核実験」の結果だということは理解していなかった。近くに何かの実験場があり、それが原因らしいという程度だった。はっきり「核」だと気づいたのは、なんと地元で放映された「はだしのゲン」のアニメを見てのことだったという。
中央アジアにあるカザフスタンは、北にロシア、東にモンゴルや中国、西にはカスピ海、南はウズベキスタンに囲まれている内陸国だ。世界で9番目の面積を持つ。カザフ人が6割を占めるが、ロシア人、ウズベク人など100以上の民族が共存し、人口は約1800万人。最近、中国などで大ブレイクした驚異的な音域のイケメン歌手、ディマシュ・クダイベルゲンを生んだ国でもある。
国土の大半は砂漠や草原地帯。地下資源が豊富。核実験場は国の東北部、ロシア国境近くのほぼ無人地帯につくられた。だいたい四国と同じぐらいのエリアだ。
「セミパラチンスク」という名前は、以前から核実験施設がある場所として知られていた。実際の実験場は同市からさらに150キロほど西にある。都市部以外は人家がまばらだ。
最初の実験は1949年。高齢の住民の証言によれば、「わき上がってくるキノコ雲とまぶしい光を見た」。まさにヒロシマ、ナガサキが再現されたのだ。62年までに118回の地上・空中実験が繰り返されたというから驚くほかはない。爆発で地上の土埃も舞い上がり、風に乗って放射能汚染が広がった。62年以降は地下実験に替わっている。
本書のもう一つの特徴は、著者が女性ということだ。流産、奇形児の出産、妊娠中絶、幼児の死亡、夫の性的不能、身内の自殺などなど、核実験は女性や家族を直撃した。なかなか男性のインタビュアーには言いづらい話だ。思い切って出産に踏み切った妊婦が、産んだ直後に発するのは、「赤ちゃんに指が全部ありますか」という叫びだったという話は切実だ。
実験による健康被害は120万人に及ぶという調査もあるそうだ。旧ソ連ではこのほか、北極海の島などにも核実験場があり、計715回の核実験が行われたという。
同じような核実験場はアメリカにもある。ネバダ核実験場だ。これまでに928回の核実験が公表されている。一部は地上での実験だ。ラスベガスの北西100キロほどの場所なので、今もさまざまな影響が心配されている。近くで映画撮影をしていたハリウッドのロケ隊に、がん死者が異常に多いという話もある。『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(広瀬隆著)などがその問題を扱っている。
中国ではタクラマカン砂漠の実験場が有名だ。数十回の実験が行われ、長年、外国人の立ち入りが認められなかった。このほか英国も数十回、フランスは200回以上の核実験をしている。
著者の最大の特徴は15歳の時、広島の山陽女学園高校に一年間留学していることかもしれない。90年代末に設立された、「ヒロシマ・セミパラチンスク・プロジェクト」による交換留学生。ヒロシマとカザフスタンの被爆者交流を通じ、核兵器のない21世紀をめざそうというこのプロジェクトで来日し、「ヒロシマ」について学んだことが、その後の彼女の人生を決めた。本書は、日本側も含めた核廃絶への長年の地道な努力が、研究成果として結実したものだともいえる。
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