アイズ・ワイド・シャット――。目を大きく閉じて? いや、変ですね。意味がすんなり入ってきたなら、あなたは、よほど英語ができる人に違いない。これはスタンリー・キューブリック監督の遺作映画(1999年)のタイトルだ。
洋画を見るとき、物語の展開やアクションに目を奪われがちになる。それだけで楽しめるのだから、十分だとも思う。しかし、本書『字幕に愛を込めて』(イーグレープ)の著者、小川政弘によると、ストーリーだけではなく、タイトルや登場人物の名前、そして何よりも台詞には、作者の込めた意味が隠されている。それらを理解した上で見ると、映画はもっと素晴らしいものになるという。
アイズ・ワイド・シャットは小川さんによると、アイズ・ワイド・オープン(目を大きく見開け、あるいは、真実をよく確かめろ)からの造語で、「見てはならぬものには目を固く閉じていろ」という意味だ。結婚式で、新しい夫婦に心構えとしてよく語られる。
小川さんはワーナー映画日本支社の元総務部長兼製作室長。長年、字幕製作に翻訳家と協力して携わってきた。作品によっては自ら台本を訳した作品もあるが、製作室長は翻訳家から上がってきた原稿のチェック係だ。誤訳を見つけたり、台詞の背景を考えてより適切な訳をアドバイスしたりする。かかわった映画は46年間で1000本以上になるという。2008年に退職、字幕翻訳者養成学校の講師として字幕クラス、聖書・キリスト教、法律専科クラスで教えている。本書は、同社での思い出となった125作品にまつわるエピソードなどをまとめた初の著作だ。
字幕を理解すれば、映画はもっと素晴らしくなる。字幕の魅力とはいったいどんなものだろう。
その1例......。「カサブランカ」(マイケル・カーティス監督、1946年公開、小川さんはビデオ版にかかわった)。ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン主演の戦地でのロマンスだ。その中のハイライトシーン。別れ際、辛さに目を潤ませるバーグマンの顔が大写しになる場面で、「Here's looking at you,kid」とボガートが語った台詞。普通に訳せば、「君を見ながら乾杯」せいぜい「君を見つめて乾杯」といったところだが、翻訳家の高瀬鎮夫氏は「君の瞳に乾杯」とした。字幕が原作を超えた瞬間だった。ちなみにハンフリー・ボカートはボガードと呼ばれることが多いが、間違いだ。ついでに、主題曲で大ヒットになった「時の過ぎゆくままに」(As Time Goes By)も誤訳だった。「時が過ぎても」が正しいそうだ。
もう1つ。「マトリックス」(ウォシャウスキー兄弟監督、1999年公開)。実はベースに旧約聖書とギリシャ神話を取り込んでいたという。登場人物の名前が対応している。主人公キアヌ・リーブスのネオ。表記NeoはOneのアナグラムで、Oneとは「唯一の人」=救世主イエスを暗示する。恋人のトリニティーは三位一体でズバリ神だ。そのほかモーフィアスはギリシャ神話の眠りの神モルペウス、ザイオン(シオン)は要塞都市エルサレムの別称という具合だ。
映画の字幕製作者。元々語学に堪能だったのだろう、と想像する。しかし小川さんの場合は違った。映画会社の面接では、数行の英文も読むことができないほどだったそうだ。「願書を送りまくった末、もぐり込んだ」ワーナー映画での最初の仕事は郵便物を担当者に配るメールボーイだったが、その時から英語に真剣に向き合ったという。毎夜、毎夜、通信教育で7年間学んだ。
仕事を愛している、と言える人はどれほどいるだろうか。就職がよほど不運だった人を除けば、今の仕事に面白さを見いだすことはできるだろう。「その仕事に向いている」と評価されることもよくあることだ。それでも、愛しているとまでは言えるものではない。仕事を愛せる人は幸せだ。映画好き、英語に関心がある人にとどまらず、就職や転職を考えている人にも、本書を勧めたい。
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