きわめて珍しい本ではないだろうか。『出島遊女と阿蘭陀通詞--日蘭交流の陰の立役者』(勉誠出版)。鎖国の時代にオランダ商館が置かれた長崎の出島。そこの通訳にスポットを当てた本は知っているが、「遊女」は初耳だ。
歴史の陰に女あり――出島の遊女は陰でどんな活躍をしたのか。ミステリーじみた興味もわいてくる。
本書の冒頭で、一枚の古い絵が紹介される。「出島阿蘭陀屋舗景」。出島の様子を描いている。今でいえばドローンで撮影したような俯瞰図だ。建物の外観だけでなく、内部の様子や通りを歩いている人物も判別できる。意外なほど女性が多い。男性が22、3人。女性が何と26人。内訳は洗濯女が1人、他はすべて遊女たちだ。二階の窓から顔をのぞかせている。
当時の出島は一般の日本人にとって禁断の場所だった。出入りが許されたのは、ごく限られた人だけ。その中に「傾城」がいた。城を傾けさせるほどの美人。すなわち遊女のことだ。
それにしても、絵の中の半分以上が遊女。こんなにもいたとは...。オランダ人と遊女は何を話していたのか。どれくらいの遊女が出入りしていたのか。
本書の著者、青山学院大学名誉教授の片桐一男さんは日蘭文化交渉史が専門。『阿蘭陀通詞の研究』(吉川弘文館、角川源義賞)、『杉田玄白』(吉川弘文館人物叢書)、『蘭学家老 鷹見泉石の来翰を読む─蘭学篇─』(岩波ブックセンター、ゲスナー賞)など蘭学史、洋学史についての多数の著書がある。洋学史研究会会長も務める。
まず、遊女とオランダ商館員の会話は何語だったのか。人気の遊女は1か月に20日も滞在していることが分かった。ずっと黙っているわけにはいかない。絵図の分析などから、片桐さんは、遊女たちは簡単なオランダ語が話せたと見る。たとえば商館長がビリヤードに興ずる絵には通詞が立ち会っていない。遊女は商館長の肩に手をかけ、親しそうに話している。
本書の白眉は、遊女たちがオランダ商館長に送った手紙の分析だ。片桐さんがオランダの国立文書館で見つけ、35年かけて解読を続けてきた。約100通。原文は日本語で書かれ、通詞が逐語訳を付けている。
・お金のことばかり申し上げお困りと察してはおりますが、お腹立てなさらないように...
・久しぶりにお会いできたあなたさまのことは朝夕忘れがたく...
・どんなことがあろうとも、お見捨てなきよう、お心変りなきよう...
今のキャバクラにも通じるような「営業用」の手紙か、それとも本物のラブレターか。商館員からは、当時の日本では貴重品だった白砂糖がプレゼントされたりしている。オランダの文書館にこうした手紙が残るということは、商館長が大切に思って本国に持ち帰ったからにちがいない。長崎の遊女は間違いなく、当時の国際交流の最前線にいて、「陰」から歴史を支えていたことがわかる。ひょっとして遊女たちは幕府から、もっと重要な特命を受けていたのではないかーー時代小説家ならさらに想像力をかきたてるかもしれない。
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