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理想の上司は「タモリ・ウッチャン型」だ

産業医が見る過労自殺企業の内側

 働き方改革関連法が衆議院を通過した。ワークスタイル激変の呼び水になるかもしれない。マイナス面だけを拾うと、こうだろう。

 「長時間労働規制」は過労死ラインぎりぎりまでは合法になりそうだ。「同一労働同一賃金」によって、一部では待遇悪化を伴うかもしれない。「高度プロフェショナル制度」は残業代が減り、労働時間が増えることもある。

50人以上の事業場には義務付け

 この先、健康に働いていけるだろうか――とはこのご時世、誰しもが持つ不安だ。そんな不安が現実に変わったとき、頼りになるのは、産業医である。本書『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書)は、いわばサラリーマン駆け込み寺である産業医の制度や、労使ともにそこの世話にならないための指針が示されている。

 産業医とは、企業と契約をして従業員の健康管理を行う医師のことだ。労働者が健康的な環境で仕事できるよう、企業に対して指導や助言をする。労働安全衛生法で、従業員数が50人以上の事業場には産業医の選任が義務付けられている。一般には縁の薄い存在だが、意外に身近な存在なのだ。

 著者の大室正志さんは、北九州市の産業医科大を卒業後、一貫して産業医の実務に携わってきた。大企業や外資系、ベンチャー、独立行政法人など現在約30社を担当する。これまでに約50社、数万人を診てきたというエキスパートだ。

最も心配なのが中間管理職

 初の著書となる本書で大室さんは、過労死・過労自殺する人、そこまで働かせる企業には、それぞれに共通点がある、と指摘する。

 うつ病から死へと追い詰められやすいのは、まず、しっかりと睡眠がとれていない人。IT機器の普及で便利になった半面、プライベートな時間にも仕事が入ってきて睡眠不足になりやすい。それがうつ病の原因となり、生きようとする正常な判断を妨げる。

 次に、「アナ雪症候群」。謙虚だが頑固な若い世代が陥りやすい。彼らは「ありのままの自分に執着しすぎる」傾向が強い。社会で生きることはある程度、社会の要請を受け入れなくてはならないのに、だ。

 さらに最も心配なのが中間管理職。部下に対してはもちろん、上司もケアしなければならない。家庭もある。そこへ、新人事制度の導入に伴い年下の上司も珍しくなくなってきた。中間管理職はストレスだらけのポストなのだ。以前のようにそつのないエリートでは通用しなくなっている。

 対して、死ぬまで働かせる企業はこうだ。1つは「会社は一家、社員は家族」という企業文化・社風が残る会社。終身雇用制が崩壊しつつある中で「(社員は)身分が保証されないのに、会社のために死ぬ気で働くこと(長時間労働)を求められる」矛盾がある。

 さらに「仕事のポイントを論理的な言葉で説明できない上司の多い職場」も危ないという。指導は「先輩の背中を見て学べ」になりがちで、できなければ「やる気がない。考えが甘い」となって人格攻撃や長時間労働への圧力につながりやすい。そんな社風と社員のメンタルとのギャップが、社員をうつ病に追いやり、長時間労働を媒介にして死に導くという。

アイデンティティの小口口座化を

 それらに対する処方せんも本書は示している。サラリーマンには、地域社会とのつながりや趣味、NPO活動の中に自らを見いだすといったアイデンティティの小口口座化を勧める。上司に対しては、こまめなキャバクラ店長型、あるいは接し方がフラットなタモリ・ウッチャン型...などを理想的な上司像として挙げる。いずれも具体的すぎて抵抗があるかもしれないが、分かりやすい。

 現在の雇用・労働環境は、従来の企業への帰属意識をベースにした「メンバーシップ型」が崩れ、欧米のドライな「契約型」が混在する状況だ。にもかかわらず、問題なのは上司も部下も、メンタリティーが旧来のままであること。大室さんはそのことが過労死・過労自殺を生む構造をつくっている、と指摘する。

 もちろん働き方改革は、サラリーマンにとってマイナス面ばかりではない。適切な運用によって働きやすい労働環境は実現できる。その実現に、中立で専門的な知識を持つ産業医がますます重要になってきそうだ。

 産業医養成研修・講習を修了した医師は約9万人。うち産業医として実働しているのは3万人ほど(2016年3月)。国内550万の事業所で5700万人が働いている(経済センサス2014年)ことを考えると、産業医はいかにも少ない。

BOOKウォッチ編集部 森永流)
  • 書名 産業医が見る過労自殺企業の内側
  • 監修・編集・著者名大室正志(著)
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2018年6月16日
  • 定価本体720円+税
  • 判型・ページ数新書・205ページ
  • ISBN9784087208856
 

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