「在日」文学とでもいうべき文学ジャンルがある。在日コリアンによる作品群だ。南果歩が出演した同名映画でも知られる李恢成(イフェソン)の『伽耶子のために』、芥川賞を受賞した李良枝(イヤンジ)の『由熙』などでは、日本と朝鮮半島にあるルーツとのはざまで苦悩する青春が鮮烈に描かれている。
そんな「在日」文学のニューウェーブとして登場したのが深沢潮さんの『海を抱いて月に眠る』(文藝春秋)だ。パチンコ店を経営し、韓国の食やしきたりにはうるさいが、外に対しては日本人として振る舞っていた父が亡くなった。娘の梨愛は父が残した20冊のノートを読んで、初めて壮絶な父の半生を知る。
韓国から密航で日本に渡り、不安定な仕事のかたわら同胞の政治活動にかかわり、家を空けることが多かった父。のちに韓国大統領になった金大中氏は一時、日本に亡命していたような状況だったが、金氏を支援し、拉致事件に遭遇する。
韓国で病床に伏せり余命いくばくとないオモニ(母)と対面するためにKCIA(韓国中央情報部)と取引し、金氏を支援する政治団体から手を引くことを条件にパスポートを発行してもらう。それは一緒に日本に渡ってきた二人の親友との決別を意味していた。
父の死後わかったことだが、名前も生年も別人のもので、経歴もうそだった。生きるためがむしゃらに活動し働いてきた父の実像をはじめて梨愛は知り、父の故郷へ向かう。
深沢さんは「金江のおばさん」で「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞、自らのルーツである在日コリアンの問題に向き合い、『ひとかどの父へ』(朝日新聞出版社)などの作品がある。本書には、深沢さんの父親の体験が生かされているそうだ。
作品は父の死後に梨愛が父の実像を探ろうとする現在と、父の手記が交互に展開する。圧倒的に面白いのは、父の手記だ。いのちがけで小さな漁船で対馬海峡をわたり、実際に死にかけたり、なんとかもぐりこんだ大阪や東京のスラムで寒さや飢えをしのいだり、10代の少年の冒険譚としても読める。さらに青年時代、日本風の通名を名乗り、KCIAに尾行されながら政治活動をする場面はサスペンス小説の緊迫感が漂う。
在日二世、三世が自らのアイデンティティーを模索するいま、著者が深沢潮の名前で本書を発表したのは意義深いことだと思う。
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