オウム真理教事件の強制捜査がすすむ中、1995年3月30日に起きた警察庁長官狙撃事件は、同教団の関与が一時疑われたが、結局迷宮入りした。「犯人は中村泰という東大中退の老テロリストである」と実名で元警視庁捜査一課刑事が明かしたのが、本書『宿命 警察庁長官狙撃事件』(講談社)である。
これまでにも中村犯人説を唱えた本はあったが、捜査を担当し、長く中村とも接触してきた元刑事が捜査資料をもとに書いたので、衝撃と説得力はケタ違いだ。実名で書くことに、本人から承諾をもらっているという。
著者の原雄一さんは元警視庁捜査一課の刑事。都内で起きた別の警察官殺害事件の捜査の中で、凶悪性などから、かつて名古屋市で発生した現金輸送車襲撃事件で逮捕・起訴されていた中村に注目した。警視庁・愛知県警・大阪府警合同で中村の自宅を捜索したところ、拳銃、実弾のほか警察庁長官狙撃事件を想起させる資料が大量に出てきた。拘留中の中村を著者は取り調べたが、「関与は肯定も否定もしない」という答え。結局落とすことはできなかった。
その後、本件容疑で警視庁はオウム真理教関係者4人を逮捕したが、のちに不起訴となった。
その後、別件で大阪拘置所に拘留中の中村を著者は取り調べ、真犯人しか知らない「秘密の暴露」を意図し、拳銃の入手先を尋ね、アメリカだという供述を得た。アメリカでの捜査で裏付けも取れた。本人から「真犯人は私です」という供述調書も取れたが、結局、刑事部と共にこの事件を捜査し、オウム真理教だろうという心証を強く持つ公安部の判断で立件は見送られた。
著者はその後、捜査一課理事官や滝野川署長、第九方面本部副部長など要職を歩み、2016年に勇退した。単なる一人の元刑事の暴露ものではない。警察内部での著者のポストを考えると、相当な重みを持つ深刻な内容の本だ。
これだけ有力な資料があり、本人の自供もあるのに、なぜ中村を逮捕しなかったのか。推測するにオウムありきの頭しかなかった公安部のメンツのせいだろう。
このほどオウム真理教事件の死刑囚が東京拘置所から移送され、近く執行されるのではと噂されている。同時期に起きたこの警察庁長官狙撃事件については、長年、警察内部で捜査方針をめぐって相当の確執があったようで、さまざまな憶測がされ、関連書籍が何冊も出ているが、本書がほぼ真相ではないかと多くの読者は納得するだろう。警察権力に対する逆恨みを果たそうとした中村が、オウム真理教の犯行に見せかけて行ったと。それを実行する装置と協力者が中村にはいたと。
中村について原さんは以下のように素描している。「生涯二度の無期懲役判決を受けた男。チェ・ゲバラを目指した男。ロスを拠点に活動した男。生涯を通じて非合法活動に身を投じた男」
出版を前に原さんは岐阜刑務所に87歳の中村をたずね面会し、「これまでたいへんな捜査をしてこられ、何度も渡米され、本当にご苦労さまでした」と労われたという。「そこには、非合法活動から身を引いた、穏やかな老人の姿があった」と書いている。
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