読むべき本、見逃していない?

本格ミステリーには、学問の薫りがする

幻肢

 ミステリー界の巨匠、島田荘司さんにはデビュー作『占星術殺人事件』以来の御手洗潔シリーズなど多数の作品があるが、長く映像化されたものはなかった。島田さんが映像化を拒んできたからだ。解禁されたのは2014年、映画『幻肢』(藤井道人監督、谷村美月らが出演)のために書き下ろしたラブミステリーが同名の小説として文藝春秋から刊行され、17年に文庫化された。幻肢とは、失った手足の存在を感じることで医学的にも検証されている現象だ。

 交通事故で記憶を失った主人公は事故当時の状況だけが思い出せない。不安からうつ病になり、脳を刺激するTMS(経頭蓋磁気刺激法)治療を受けるが、その直後から不思議な体験をする。

 主人公のTMS治療が筋の中心にあるので、医学部の教授によるレクチャーがしばしば出てくる。いかにもミステリーに都合のいい話なので、著者の創作かと思っていたら、そうではなかった。解説を書いている脳科学者の中野信子さんによるとTMSは現実の治療法で、中野さん自身も被験者に適用したこともある脳科学ではポピュラーな手法なのだそうだ。

 調べてみると、実際に国内でもいくつかの病院でTMSによるうつ病の治療が行われている。ある病院では1カ月半で治療費は約100万円とあった。うつ病の場合、薬の副作用や過剰投与が問題となっており、期間も長期にわたることも少なくない。TMSの効果については検証の途上にあるようだが、少なくとも作家が創作した荒唐無稽な話ではないようだ。

 こう書くと医学がテーマの難しい小説のように思われるかもしれないが、決してそうだはない。若いカップルの愛の物語である。

島田さんは別の作品でのインタビューで、「本格ミステリーは本来、学問の薫りがするもの、難しいものなのです」と答えている(朝日新聞2010年6月29日付文化面)。

 本書では医学が対象だったが、ほかの作品でも美術、歴史、都市計画などさまざまなジャンルに挑戦している。それらを咀嚼した上で、大胆なミステリーを構築するのが島田ワールドだ。最近はアジアのミステリー作家を対象にした台湾の出版社が創設した「島田荘司賞」にも協力し、若手の育成に取り組んでいる。

  • 書名 幻肢
  • 監修・編集・著者名島田荘司 著
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2017年8月10日
  • 定価本体930円+税
  • 判型・ページ数文庫判・446ページ
  • ISBN9784167909000

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