朝鮮半島でとつぜん緊張緩和の機運が出てきた。南北首脳会談も具体化している。北朝鮮は米国とも対話の用意があるという。
直接的には韓国大統領の粘り強い対話姿勢が奏功したといえるが、国連による「経済制裁」の影響も大きいのではないか。その大きな一翼を担ったのが国連安保理北朝鮮制裁委員会専門家パネルだ。本書『北朝鮮 核の資金源――「国連捜査」秘録』の著者、古川勝久さんは、2011年から16年までパネルの委員として中心的に活動した。その詳細な報告が本書だ。いわゆる「公式文書」ではなく、古川さんの個人的な体験を軸にしたノンフィクションとなっている。
「専門家パネル」は国連の中でどこにも属さない組織だ。専門家は事務総長から任命され、独立した立場から制裁違反事件の捜査を行う。それをもとにパネルは制裁強化策などを安保理や北朝鮮制裁委員会、国連加盟国に勧告する。国連加盟国は、パネル捜査への協力義務がある。
古川さんは1966年生まれ。慶応大学経済学部卒。日本鋼管などを経て、ハーバード大学のケネディ政治行政大学院で学んだ安全保障問題の専門家だ。外務省の友人からパネルのポストに空きがあるので応募してみないかと誘われ、同省の推薦もあって採用された。
パネルメンバーは7人。安保理常任理事国の5人(米英仏中ロ)と日韓だ。最近は南半球から一人追加されている。任期は1年で、更新可能、最長5年。
国連は冷戦時代の残滓や南北問題を色濃く反映する場だといわれ、日本で思われているほど理想的な、きれいごとの世界ではない。各国の思惑が常にぶつかり合う。専門家パネルはそのミクロコスモス。中国の委員は人民解放軍出身だし、ロシアの委員はなぜかほとんど出勤してこない。韓国も、委員によっては非協力だ。
そうした中にあって、使命感に燃える古川氏は不眠不休で奮闘する。仕事の場はニューヨークの国連のオフィスにとどまらない。膨大な資料と格闘し、グーグル翻訳なども駆使してネットで情報を入手する。独特の嗅覚で神出鬼没、八面六臂。世界のあらゆる国に出かけ、関係者と会い、不可解なことを自分の足と目で探る。
ある時は東京地検特捜部の検事のように、怪しい国の政府幹部を追及し、あるときは事件記者のように、北朝鮮関係者の潜伏先を突き止めて、1人で謎の民家やマンションに近づき、ブザーを押す。素性を隠して国際会議に出席し、ロシアの代表から、名刺の提示を求められたことも。
かなり昔の話だが、「多羅尾伴内」という私立探偵が、7つの顔を使い分けながら犯人を追い詰め、大活躍する映画がヒットした。DVDを借りて見たことがあるが、1人で何役も演じる古川さんは、まさに国連の多羅尾伴内というところだ。
そうして、北朝鮮の組織が世界中に張り巡らした闇のシンジケートをあぶり出し、キーマンをリストアップ。密輸の物流を担っている船団を突き止める。じわじわと北朝鮮は追い詰める様子が、本書を通じて手に取るようにわかる。ほとんど一人で切り盛りしていたとは到底信じられないほどのスーパーマンぶりだ。
国連の制裁にも関わらず、北朝鮮はなぜ核やミサイル開発が可能なのか、資金と技術、部品はどうやって調達しているのか。そうした疑問はこれまでも繰り返されており、BOOウォッチで昨年11月に紹介した『なぜ金正男は暗殺されたか』(毎日新聞出版)にも、その概略が書かれていた。世界の孤児と思われている北朝鮮だが、実際には160以上の国や地域、とりわけASEANでは10か国とすべて国交があり、多数の北朝鮮「フロント企業」を通して、資金や技術を蓄えているというのだ。
本書はそうした北朝鮮の実態を、これまでになく克明に、実際の国連捜査官の立場から描いて世間に公開したという意味で画期的だ。国際的なミステリー・ノンフィクソンとしても興味深いし、当事者の証言という意味で歴史的な意義がある。
一番気になるのは、帯に書かれた「北の中枢で暗躍する日本人を追え」だが、その姿は残念ながら隔靴掻痒。専門家パネルでは、米国の専門家と最も緊密に協力したはずだが、「CIAの元分析官の同僚」というぐらいで、本書ではほとんど登場しない。「日本は、北朝鮮関係者の巣窟だ」という見方も紹介されているが、日本の北朝鮮関係者は長年、日本の公安当局の監視下にある。事件としても多数の摘発例もあり、情報も蓄積されているはずだ。本書では日本政府の甘さを批判しているが、著者が日本の公安当局からどのような情報を得たかについては明かしていない。このあたりは、守秘義務を守っているということなのか。
いずれにしろ、本書全体は相当シークレット性が高い。内容はおもしろいのだが、北朝鮮に手の内を見せた感もある。むろん、相手は先刻承知ということなのだろうが、国連パネルの守秘義務はどうなっているのかと、やや気にもなった。
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