幕末の日本を撮った写真集が人気だ。きっかけは、少しさかのぼるが、1987年に出版された『写真集 甦る幕末―ライデン大学写真コレクションより』(朝日新聞社、後藤和雄、松本逸也著)あたりだろう。何よりも著者が新聞社の写真記者であり、新聞でもしばしば特集的に報じられていたので、そうした写真の存在が広く知られるようになった。
その後の江戸ブームや、写真の復元・解析技術の急速な進歩もあって、似たような本の出版が間欠的に続いている。本書『写真のなかの江戸――絵図と古地図で読み解く20の都市風景』(ユウブックス)もそのひとつだ。類書と違うのは、著者の金行信輔・学習院女子大学非常勤講師が都市史研究者ということだ。とにかく、写真の解析が極めて精密なのである。
サブタイトルにあるように、本書は「20の都市風景」を分析したものだ。対象となっているのは、江戸期の写真が3点、明治初期の写真が17点。いずれも主に街並みを写したものだ。
江戸の写真は、江戸末期に来日し、多数の写真を撮影したフェリーチェ・ベアトが1863年に撮影した「愛宕山から見た江戸のパノラマ」。明治初期のものは、当時発行されていた英字新聞「ファー・イースト」に掲載されていたものだ。いずれも撮影時期がはっきりしている。後者は70年から75年までの撮影なので、厳密には「江戸」ではなく「明治」だが、いずれも江戸期の形成された街並みなので、便宜上、「江戸」としている。
この種の写真集の場合、とにかく写真が勝負、作品がてんこ盛りになるが普通だが、本書の特徴は、写真数を限定し、それらの深掘りに重点を置いていることだ。
写真がどの地点から、どのエリアを対象に写されたものか、地図上に明示されている。とりわけ個々の写真の中に写りこんでいる様々な「部分」の解説が詳しい。拡大されて説明がついている。また、可能な限り絵図や、当時の他の資料も提示している。いかにも都市史研究者らしい丹念な仕事ぶりだ。学会誌などで長年研究発表を続けていたそうだ。
このように丁寧に見つめなおすことによって、見過ごしがちな細かいところもよみがえっている。たとえば1874(明治7)年の「ファー・イースト」に掲載された山王神社の写真では、参拝する人々の写真が写っているが、月代、和装の男もおれば、ズボンをはいた洋装の男もいる。和洋混在。人々の風俗は一気に変わったわけではないことがわかる。 江戸の中心として、大店が並ぶ賑わいぶりで知られる日本橋も、少しわきに入ると、庶民の町だ。貧民に近い姿の人たちが散見される。
日本橋でさえ、こんな感じなのだから、他はもっとひどかったのだろう。紀田順一郎さんの『東京の下層社会』(筑摩書房)を読むと、文明開化の陰に隠れた明治の貧民街のすさまじい姿が浮かんでくるが、そこに書かれていた「棟割長屋は異臭ふんぷん」という記述を思い出した。渡辺京二さんの『逝きし世の面影』(平凡社)で描かれた懐かしく美しい日本の、もう一つの姿である。しかしながら、東京は近年、急速に変化が加速する。ほぼ同じ場所から写した現在の都市光景も並べられているが、比べて見ると、別の国だ。今や絶大な権力を誇る霞が関や永田町の150年前を見て、ちょっと笑ってしまった。撮影現場を歩いた著者自身も「これほどまでの変化をもたらした東京の近現代とは何だったのか」と驚いている。同感する読者が多いことだろう。江戸歩きが趣味の人には必携本といえる。
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