大林宣彦監督の次回作は「原爆」がテーマだ。このほど記者発表された。80歳のいま「やり残した仕事は原爆」と語り、近々撮影に入るそうだ。
なぜ原爆が投下されるに至ったのかを描きたいそうだ。本書『届かなかった手紙――原爆開発「マンハッタン計画」科学者たちの叫び』(株式会社KADOKAWA)はライター兼エッセイストの大平一枝さんが、実際にアメリカまで出かけて、原爆製造に関係した科学者たちに会った物語だ。
大平さんは『男と女の台所』『東京の台所』など家事や暮らし関連の著書で知られる。原爆との結びつきはこれまでとくになかった。2016年5月、たまたまオバマ大統領の広島訪問のテレビを見ていたら、関連ニュースで銀髪の米国人の老婦人が画面に登場した。「私もヒロシマに行きたかった」と話している。極秘だった原発開発計画に携わった科学者リリー・ホーニグさんだった。
気になってネットで調べてみると、リリーさんの別のインタビュー動画が見つかった。「私たち科学者は市民を殺す必要はない」と思っていたという。彼女は、原発を投下しないように大統領に求める嘆願書に署名したが、大統領のもとに届かなかったというナレーションが入っていた。た大平さんは、このことをもっと調べたいと思うようになる。
原爆製造に科学者がどう関わったか、その歴史と、実際に投下されるまでの経緯については、これまでに多数の本が出ている。
それらをもとにまとめたと思われる「AERA『原爆と日本人』1995年8月10日号」の「原爆を作った科学者たち」を読んだことがある。それによると、亡命ユダヤ人を中心とした連合国側の科学者たちは、ヒトラーのドイツが先に原爆を作ったら大変なことになると焦り、米国政府に働きかけて原爆製造の「マンハッタン計画」が動きだす。しかし、ドイツは敗れ、当初の目的が失せた。それでも米国は日本への投下にこだわる。45年7月、投下に批判的な科学者たちは署名を集め、米政府に無警告で投下しないように促すが、実らなかったという。
キーパースンと言われるのが、レオ・シラード(1898~1964)だ。ハンガリー生まれの物理学者。「原爆を作らせようとして成功し、使わせまいとして失敗した男」と評される。
大平さんも、こうしたヒストリーを改めて勉強し、友人らのツテをたどって、米国で存命の科学者たちに接触する。
ウィルフリッド・ロールさん(94)とは、バージニア州の山の中腹にある自宅で会った。彼の回想によれば45年7月のある日、研究室に投下反対で動いていたシラードらが来た。「これに、サインしてくれない?」。真剣な表情だった。すでに何人かが署名していた。その場で嘆願書を読んだロールさんもすぐに署名した。
「ドイツが原爆を手に入れるかもしれないという恐怖のために私たちはマンハッタン計画に関わってきました。それは合法的な恐怖であり、正当な理由だった。しかし、それを日本の市民に使うのは違う問題だと思いました。嘆願書は、あらかじめ、どこかで原爆の威力を公開して、日本に降伏の機会を与えましょうという内容だったので、僕はそれでいいと思い、署名しました」
原爆投下から半年後、ロールさんは原子物理学から生物物理学に転向した。「これ以上爆弾に関わる仕事はしたくなかった」。そして、今も北朝鮮問題の行方を心配する。「誰かが蓋をできればいいのに、と思う。国同士の争いは、軍事的手段ではなく、外交的手段をとるべきです」。取材しながら、大平さんは、この言葉を日本に持ち帰らなければと強く思ったという。
真面目な内容の本だが、どちらかと言えば地味だ。大平さんの熱意がなければ、書籍化は難しかっただろう。海外取材は金がかかる。その割にリターンが少ない。貯金をはたいての取材だった。編集者に相談したら、たまたま彼の祖父が広島で被爆していた。「実は僕は被爆三世なんです」。社会的に意義のあるテーマでだから書くべきだと後押ししてくれた。大平さんはこれまでに20数冊の著書があるが、「社会的に意味がある」と言われたのは初めての経験だったという。
現地で会う予定だった科学者は3人いた。一人は到着直前に亡くなった。一人は、投下反対の文書に署名したかどうか、もう覚えていなかった。ロールさんだけが記憶がしっかりしていた。振り返れば、綱渡りの取材だった。最後の生き証人に会えたのかもしれない。
2017年、国連で核兵器禁止条約が採択された。日本は署名しなかった。投下反対を訴えたシラードも、さすがに日本政府のこの選択は予見できなかったに違いない、と大平さんは記す。
夕食の献立や明日着る服のことを考えるように、平和の話もできたら、というのが大平さんの希望だ。たしかに平和が脅かされれば、衣食住にも大きな影響が出る。本書で暮らしや家事・料理に詳しい大平さんの、生活ジャーナリストとしての幅も広がっり、根っこも深くなったことだけは確かだろう。
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