団地というありふれた存在が研究の対象となったり、小説のテーマとなったりする時代になったようだ。団地研究といえば、東京都東久留米市の滝山団地で育った明治学院大教授の原武史氏(日本政治思想史)の『滝山コミューン』が、日本共産党や革新政党への支持が厚かった郊外の団地族の生態を描いたものとしてまず、頭に浮かぶ。同団地のように、分譲タイプが主流のところは、いわゆるファミリー層が中心で、小説や映画の団地ものと言えば、分譲タイプが多い。
同じ団地でも公営住宅はかなり事情が違う。芥川賞作家である著者の柴崎友香さんが書きたかったのは、この公営住宅だ。本書『千の扉』(中央公論新社)は、名前こそ明かされていないが、舞台は東京・新宿の都営戸山団地だ。
39歳の千歳は親しい訳でもなかった一俊から「結婚しませんか」と言われ、都営住宅の一室に移り住む。その部屋に40年以上暮らしてきた一俊の祖父日野勝男に人探しを頼まれた千歳は団地の中を探索し始める。
30もの棟があり、約7000人が住む大きな団地だが、住人の半数以上が65歳以上と高齢化が進んでいる。さまざまな人の暮らしがあり、千歳は少しずつ住人の過去と現在に出会う。
著者の柴崎さんは大阪府立大学総合科学部で人文地理学を専攻し、作品にはその「地理」志向が色濃く表れている。本書でもかつて陸軍の施設があった戸山団地の来歴や地形が書かれている。この小説も住人が主人公というよりも団地そのものが主人公のようにも思えるのだ。高齢で一人暮らしの住人も多く、また賃貸ゆえに住人は入れ替わってゆく。分譲の団地とは異なる人間模様が、浮き上がってきた。(BOOKウォッチ編集部)
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