昨年(2017年)、カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した余波は今も続いている。邦訳の版権を持っている早川書房がすばやく増刷したこともあり、全国の書店では『遠い山なみの光』や『日の名残り』など代表作がいまだに平積みにされているようだ。なぜイシグロはノーベル文学賞を受賞したのか、その文学の本質は何なのか、そうした疑問に答えようというのが本書『カズオ・イシグロ読本』だ。
第1章「カズオ・イシグロの来歴」では、長崎と英国という二つの故郷について、公刊されたデータをもとに掘り下げている。父鎮雄は長崎海洋気象台に勤める海洋学者で、1960年にイギリスの国立海洋研究所に移ったことはよく知られている。祖父昌明は滋賀県出身の実業家で、戦前中国・上海の豊田紡織廠の取締役だったという。『わたしたちが孤児だったころ』の舞台が上海なのは、その影響かもしれないと指摘している。その一方、「もう故郷は背後に去ったんだ。僕の人生はイギリスにあるんだ」(「週刊文春」2001年11月8日号)と過去のインタビューに答えており、日本出身の3人目のノーベル文学賞受賞者であると過剰に持ち上げるのは本人の意に反するかもしれない。
第2章は8つの代表作のほか、3つの未単行本化作品をわかりやすく解説している。
第3章は「カズオ・イシグロの読み方」と題して、研究者が寄稿を寄せている。都甲幸治・早稲田大学文学学術院教授(アメリカ文学)は、「間(はざま)の文学 1.5世としてのカズオ・イシグロ」と題し、「日本人作家であり、なおかつイギリス人作家である」と述べている。
イシグロ作品のみごとな翻訳で知られる土屋政雄氏のインタビューも興味深い。土屋氏はもともと文学作品ではなく、IBM製品のマニュアル翻訳が長かったという。1バイト文字の英語と2バイト文字の日本語の関係性を意識しながら翻訳をしたというエピソードを紹介している。
イシグロ関連としては雑誌「ユリイカ」(2017年12月号)も「カズオ・イシグロの世界」という特集を組んでいる。「アイデンティティの(翻訳)不可能性」という章では、英文学者富士川義之氏が「英国と日本の狭間で」と題し寄稿している。このほか柴田元幸氏と作家中島京子氏の対談も収録。より専門的な内容を求めるなら、こちらがお勧めだ。ネットで入手可能(本体価格1400円)。
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