この手の本は、文学全集を出すような老舗の文芸出版社では出しにくい。由緒正しい文学研究者や文芸評論家も書きづらい。
何しろ「文豪」というのは、出版社にとっては永遠のドル箱。いつまでも人気が衰えないタレントのようなもので、故人といっても絶対にイメージを傷つけたくない。書き手の側もこのテーマで無理すると、文芸村から放逐され、メシが食えなくなるリスクがある。
というわけで改めて出版社を見ると、幻冬舎。大手の有名出版社でミリオンセラーを連発しているが、93年の設立。比較的新しく、漱石や谷崎の全集を出しているわけではない。むしろフリーハンドで様々な問題作を世に問うことで知られる元気な会社だ。
筆者の小谷野敦さんは1962年生まれ。東京大学の大学院を出た比較文学の研究者だ。『聖母のいない国』でサントリー学芸賞を受賞し、将来を嘱望されて大学で教えていたが、その前後に出した『もてない男』『童貞放浪記』などの著書が大いに話題になり、現在は文筆業。アカデミズムから離れ、小説も書くなど比較的自由な立場にある。したがって本書は幻冬舎と小谷野さんの組み合わせだからこそ可能になった気がする。
タイトルは刺激的だが、内容は端正なつくりだ。明治以降の62人の物故作家の男女関係について、1人の作家を3~4ページでまとめている。坪内逍遥、森鴎外、夏目漱石から三島由紀夫、澁澤龍彦、高橋和巳、江藤淳、開高健、加藤周一、安倍公房・・・登場する文学者は壮観だ。小谷野さんには『谷崎潤一郎伝』『川端康成伝』(ともに中央公論新社)などの著作もあり、実は作家の評伝はお手の物なのだ。
例えば夏目漱石について。「漱石、名は金之助。私がいたった結論は、漱石は一度しか結婚せず、多くの子供をなしたが、妻以外の女とはセックスせず、娼婦を買ったこともない、というものである」
鴎外についてはこうだ。「最初の離婚から再婚まで十二年、三十代の男盛りを、鴎外はセックスをしていたのかというと、妾がいたのである」
本書に、何か「写真週刊誌」のようなゴシップが満載になっていることを期待したら、やや期待外れになるかもしれない。もちろん、実名でかなりキワどい話も出ているが、著者の基本姿勢は、あくまで過去に書き残された評伝や関係者の著作を情報の基礎としており、たいがい参考文献も記されている。そこに時折、ちょっと著者ならではの見聞をプラスしている。本の帯に「さまよえる下半身の記録」と書いてあるが、ある程度の文壇通なら、すでにどこかで聞いたことがあるネタが多いのではないか。
同類の本というと、朝日新聞の編集委員だった百目鬼恭三郎氏の『現代の作家101人』 新潮社(1975年)を思い出す。こちらは新聞連載で、しかも同時代の作家が対象。論じたのは作家の上半身=作品が軸だったが、しばしば作家の人間性にまで踏み込み、連載中から物議をかもしたと聞く。たとえば川上宗薫については「好色で、小心者」「純文学作家としてポシャったのち、ポルノ作家として再起した」などとボロクソだ。
この百目鬼氏の筆法に比べれば、小谷野さんの語りは、下半身に踏み込んだとはいえ淡々としている。アカデミズム出身だけあって、膨大な情報の中から必要な部分を取り出し、上手に整理してまとめ直した感がある。
ところで、もしワイドショー的なメディアが、文豪たちが生きた時代にあれば、どうだっただろうか。やはりそれなりに「餌食」になったにちがいない。そう考えると、ここに登場する62人は、今頃あれこれ書かれて迷惑かもしれないが、古き良き時代を生きてよかったのかもしれない、と思ったりもした。
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