アダルトビデオ(AV)業界について多数の著書があるノンフィクションラーター、中村淳彦さんの最新作だ。
「AV女優消滅」「セックス労働から逃げ出す女たち」――。今回は書名も副題もセンセーショナル。これまでの著作より一段とボルテージが上がっている。
きっかけになっているのは、いわゆる「出演強要」問題だ。2015年ごろから、一部のAV女優たちが出演を強要されたと訴え出て、女性団体などが積極的に支援、各種メディアが取り上げた。その後、政府も対策に動き出している。
問題が表面化した後の印象を中村さんはこう記す。「女性団体はAV業界を現実以上に悪者扱い」にしているが、AV業界は「社会性が薄く、現実の混乱から目をそらしている」。
業界事情に詳しいAVライターのほとんどは、「かかわりたくない!」という態度だったという。なぜなら「AV業界を擁護すれば、女性団体側から猛烈なバッシングを受け、女性団体側に寄ればAV業界から脅されたり、排除される可能性があった」。
このまま業界の御用ライターを続けるか、辞めるかしか選択肢がない。特殊な業界に違和感があったとしても、メディアを通じて社会に現実を伝えることは許されず、業界に長く身を置いて慣れていくうちにいつのまにか感覚が麻痺してしまう・・・実際、『名前のない女たち』『職業としてのAV女優』など多数の関連書を出している中村さん自身もその一人だった、と認める。
ところが、出版社の編集者に「企画は通しました」と背中を押され、「出演強要問題」が次の新書のテーマとしてどんどん進んでいく。中村さんは「やっぱり、やるしかないようだ」と余り気乗りのしない取材を始めることになる。
知り合いを通じて元AV女優の一人とコンタクトを取った。本書では坂本小雪(仮名)さんとなっている。街で見かければ、誰もが振り返るようなスレンダーな超美人。AV関係者やファンの間では記憶に残る有名女優だ。「エッチ好き、やる気満々なポジティブ女優」のイメージがあった。ところが会って話を聞いてみると、意外だった。自分も「出演強要された」というのだ。
大学一年生の時、「歌手、アーティストの事務所」に属するという男にスカウトされた。数か月間、無料でボイストレーニングに通わせてもらう。頃合いを見て、社長から「まずアダルトビデオやってもらわないと、歌手にはなれないんだわ」。抵抗したが、無理だった。すでに免許証、学生証のコピーを取られ、実家の住所も教えている。事務所で数人の背広姿の男に囲まれ、震えながら契約書にサインした。しばらく「監視付き」の生活が続く。そして4年間の女優活動。今はお金持ちの愛人生活だという。「私の人生、こんなはずじゃなかった」と涙を浮かべる。
中村さんによれば、AV業界は近年、体質改善が進み、自ら女優に応募する女性も増えた。したがって「出演強要」の告発に、当初は違和感を覚えたようだ。しかし本書の取材で、告発団体、元女優、元スカウトらに改めて話を聞くうちに、微妙に認識が変わる。「ポルノ被害と性暴力を考える会」(PAPS)への相談は16年8月段階で200件超。内訳は「騙されて出演」70件、「出演強要」22件...「数の多さに驚いた」。
業界には「場面」という用語があるという。威圧的な雰囲気を演出して、脅し、自分たちの有利な方向に話を進めることだ。前出の坂本小雪さんが、サインを迫られたのもそんな「場面」の典型だった。
業界では、単に女性を強く説得してAV出演に誘導しているにすぎないとされている行為が、女性の立場からは「出演強要」と受け止められる――すなわち「出演強要」の定義が、AV業界と女性側では異なること、社会、世間の常識では一例の被害も許されないこと、AV関係者の今までの常識は、到底社会に理解されないことを次第に中村さんも知る。
プロダクション側がAV出演を拒否した所属女性に対し、契約違反として2460万円の損害賠償を求めた訴訟の影響も大きかった。判決では、「アダルトビデオへの出演は、男性と性行為等をすることを内容とするものであるから、出演者である被告の意に反してこれに従事させることが許されない」とされ、プロダクション側の訴えが棄却されたのだ。
捜査当局の監視も強まり、昨年来、何人もの業界関係者が逮捕されている。一方、ネットでは無料無修正動画サイトが横行し、DVDやダウンロードでAVを購入する人が減った。作品一本当たりの売り上げは全盛期の6~7割減で市場は縮小、女優の収入もガタ減りになっている。
「出演強要」に端を発した世間の目の厳しさと、売り上げ減――相次ぐ逆風の中で遅まきながらAV業界は今年4月、大学教授や弁護士を「AV業界改革推進有識者委員会」の委員に委嘱し、改革に向けて動き出した。中村さんは「生き残ったとしても茨の道」だとみる。そうした思いがタイトルの「AV女優消滅」につながっているようだ。
出演強要問題を克明に書いた本としてはすでに、「ポルノ被害と性暴力を考える会」世話人の宮本節子さんの著書『AV出演を強要された彼女たち』(ちくま新書、16年12月刊)がある。こちらは告発団体側なので実例も豊富で、「なぜ契約書にサインをし、なぜそこから抜け出せないのか」など、問題点と対策についてのノウハウも詳しい。
中村さんは立場が違う。もともとは、「AV女優になることは、自己責任では?」との思いを強く感じていたという。そんな中村さんが、取材を進める中で「AV出演強要問題はブラック企業問題と地続き」と、次第に社会性についての認識を深めていくプロセスも、本書の読みどころとなっている。
もう一つは、女優以外の業界の関係者にも言及していることだろう。AVプロダクションはアウトローが集う特殊な業種だという。暴力は日常茶飯事、業界は他に行き場のない人が集まる世界であり、規制を強化するだけでは、地下に潜って、新たな危険とさらなる被害者を生む可能性が高いと懸念する。この産業を支える男性客まで巻き込み、どうするのがベストなのかをゼロから考え直すべきとしている。
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