当代有数の読書家というと誰だろうか。評論家なら、佐藤優氏、立花隆氏、松岡正剛氏、紀田順一郎氏らの名が思い浮かぶ。
財界では、伊藤忠の社長や会長を歴任し、中国大使も務めた丹羽宇一郎氏か。本書『死ぬほど読書』(幻冬舎新書)で多読ぶりを開陳している。
「ガロ」も定期購読
はたして、読書はしないといけないものなのか? そんな21歳の大学生の投書を新聞で見たときの驚きが、本書執筆のきっかけになっている。
丹羽氏は小さいときから読書三昧で生きてきた。何しろ実家が本屋さん。店の棚に並んだ本を汚さないようにきれいに読んで、また元にもどしていたそうだ。少年少女日本文学全集や世界文学全集は当然のこと、名古屋大学時代は学生運動もしていたから、マルクスやエンゲルス、マックス・ウェーバーはもちろん読んだ。さらにレヴィ=ストロース、丸山真男、アダム・スミス・・・。
会社勤めをして家を買ったときは、終着駅を選んだ。始発なら座れる。長時間通勤でじっくり本を読むためだった。
漫画も読んだ。「カムイ伝」を連載していた「ガロ」は定期購読。中学生のころから、店の書棚に並んでいた「夜の生活」関係の本も嫌というほど読んだ。今でも「官能小説」を書けと言われれば書ける、と自負する。
したがって、この本は本音で語る肩の凝らない読書案内だ。たとえば西田哲学は、読んだが難しく、キーワードの「絶対矛盾自己同一」は理解できなかったとはっきり書く。哲学者や思想家は「簡単なことをわざと難しく言う傾向があります」とバッサリ。
ベストセラー爆走
では、わかりやすい本を読むことを勧めているのかというと、そうではない。入門書やハウツー本を読んで、分かったつもりになることは認めない。「自分の頭で考える訓練」にならないからだ。著者にとって読書とは、本当の「知」を磨いて自身の羅針盤や地図を作る作業なのだ。
意外なことに、本の世界にのみ籠ることも良しとしない。伊藤忠時代に、幹部役員だった瀬島龍三氏の薫陶を受けた。戦前の大本営参謀。「問題が起きたら、すぐ飛行機に乗って現地に行けきなさい」と教えられた。活字で知る知識はしょせん二次情報。まず自分の眼で確認する。穀物が不作という記事がニューヨークタイムズに出ていたが、本当に不作なのか。すぐに小麦地帯に飛ぶ。9年間の米国勤務時代、教えを肝に銘じ、実践した。
もう一つは、人に会って話を聞くこと。巨人軍の監督だった川上哲治氏とは何度も会って直接、人生哲学を聞いた。V9監督。組織の在り方や人材の育て方について大いに参考になることがあった。
というわけで、本書は、無類の読書家であると同時に、労を惜しまず現場を踏み、積極的に人と会って教えも請うたビジネスマンの人生録だ。「体験だけで生きてきた人の、人を見る力が5のレベルにあるとするなら、読書を重ねることで、そのレベルは倍近くになる」。
読みやすいこともあり、各種ベストセラーランキングで上位を爆走している。丹羽氏の他の著作と同じく、本書の印税も図書館などにすべて寄付するそうだ。本から得たものを糧に本を書いて、本に返す。根っからの本好きである著者の、本への感謝が詰まった一冊だ。