英国のEU離脱やトランプ政権の誕生。2016年に起きた世界的な政治上の出来事は先進国のマスコミ関係者を不安に陥れた。日本も例外ではない。
メディアは、過激なナショナリズムや無責任なポピュリズムの防波堤になりうるのか。そんな問題意識のもとに緊急出版されたのが本書である。
「忘れられた人々」が反乱
全体の総論部分は政治学者の佐々木毅・元東京大学総長が書き下ろした。各論部分は芹川洋一・日本経済新聞社論説主幹が、「日本アカデメイア」の「マスコミ交流会」での問題提起と議論を踏まえて書いた。さらに両氏に加え、政治学者、曽根泰教・慶応大学教授 谷口将紀・東大教授の4氏による討論が追加されている。
総論で佐々木氏は、「1989年の精神」が根底から揺らいでいることを指摘する。グローバルな経済自由主義と民主制を究極の制度として宣言した1989年の精神――この20年来、大手メディアのよりどころだったはずが、そこから「忘れられた人々」が反乱している、日本も「嵐の前の静けさ」にあるのかもしれないと危惧する。
芹川氏は「政治プレーヤーとしてのメディア」との観点からメディアと政治の関係を詳述する。「政治過程への影響」「政治思潮への影響」などを4章に分けて論じている。「週刊誌の功罪」「ネットの功罪」「テレポリティックス」「マスコミ世論からSNS世論へ」などの項目もあり、多方面に目配りされている。
興味深いのは「プレーヤー・渡邉恒雄」についても項目を割いていることだ。過去に渡邉氏が関わったとされるいくつもの政治的出来事に触れながら、「その姿は毀誉褒貶相半ばする」と記している。
毎月1回の勉強会で報告案
「あとがき」によれば、本書出版の土台になった「日本アカデメイア」は経済界・労働界・学界のメンバーで構成されている。そこにメディア関係者が集って意見交換会をスタートさせたのは2013年のこと。「マスコミ交流会」と名づけられた。全国紙の政治部出身の論説委員長を中心に、論説・編集委員、経営者も加わり、月1回、午前8時から2時間、経営トップや識者の話を聞く勉強会だ。
アカデメイア側の共同塾頭が佐々木氏、マスコミ側の幹事役の一人が芹川氏。この場で芹川氏が、「プレーヤーとしてのメディア」の報告を16年末まで13回にわたって行い、それが今回の出版につながったという。
全くの門外漢が本書を眺めたとき、最も興味をそそられるのは、巻末に掲載されている「日本アカデメイア『マスコミ交流会』」のメンバー表かもしれない。朝日、毎日、読売、産経、NHK、日経、共同通信などのエリートジャーナリストの名前がずらっと並んでいる。このほか「日本アカデメイア」側から日本生産性本部の常務理事、有識者として新潮社の「考える人」編集長や、朝日新聞・前社長の名も掲載されている。