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海底1万メートルに到達したのは世界で3人しかいない!

太平洋

 タイトル『太平洋 その深層で起こっていること』(講談社)から誰もが想像するのは、東南海・南海地震など海溝型地震だろう。太平洋プレートと大陸プレートの接合面の歪みによって発生する地震。このメカニズムなら、新聞記事やテレビ番組などの解説で、必要なことは知っている。そう思っている人ほど、本書を読めば、これまでの知識がどれだけ部分的だったかを痛感するだろう。

 本書はすでに9月8日に本欄で紹介したが、別な角度から改めて紹介したい。

フィールドワークの海洋学者

 「宇宙飛行士が550人を数える時代に、1万メートル超の海溝底に到達したのはわずか3人だけ」。人類最後の秘境・太平洋とは、どんなものなのか。最新の知見も紹介しながら、概説するのが本書だ。

 著者の蒲生俊敬さんは、化学的手法による海洋研究が専門の地球化学者だ。東京大理学部化学科卒。北海道大、東京大教授などを歴任、現在は東京大名誉教授だ。研究船での観測延べ1740日、深海潜水船での潜航15回というフィールドワークの人だ。本書は日本海の不思議な実態を紹介して2016年に話題になった『日本海 その深層で起こっていること』(講談社ブルーバックス)の姉妹編に当たる。

 蒲生さんはこの最後の秘境について、海水や海底の運動と、海水、鉱物、生物の化学・物理的な分析結果を紹介。「柔らかい太平洋=海水」「堅い太平洋=海底」「超深海の科学=研究史」に分けて解説する。

 「堅い太平洋」では、全体の海底地形を紹介する。まず、海中の山脈=中央海嶺は水深2000~3000メートルの山脈だ。マントル物質が噴出し、冷えて固化したため盛り上がっている。海嶺は北米大陸西岸沿いから南極沖にかけて弧を断続的に描きながら南下する。

 一方、太平洋西側では、7000~1万メートル級の海溝が北からアリューシャン列島、千島列島、東日本・伊豆・小笠原・マリアナ諸島の東沖にかけて、これも弧を断続的に描きながら南下。さらに西日本沖から沖縄・フィリピン沖へと延びる海溝もある。

 海嶺と海溝の間の海洋プレートは西に行くにしたがって徐々に深くなって海溝の手前では水深6000メートル程度に。そして急激に海溝に落ち込んでいる。海嶺で生成されたプレートが年間10センチほどのスピードで海嶺の両側に移動、大陸プレートとぶつかって下へ沈み込むため海溝ができる。この時、大陸プレートに歪みがたまり、限度を超えると跳ね上がる。海溝型地震のメカニズムだ。ざっとここまでは、よく知られた事柄だろう。

マリアナ海溝のヨコエビからPCB

 本書を読んで面白いのは、現況に言及する部分だ。この海溝内の海水は、海溝外側の低層水と成分が同じで、内側と外側の海水は5年程度で入れ替わっていた。酸素や硝酸塩、リン酸塩を含んでいて生物が生息できる環境だったのだ。

 さらに、世界最深のマリアナ海溝低域のヨコエビからは高濃度のポリ塩化ビフェニール(PCB)も検出された。PCBは人類が生産した総量の3分の1に当たる約40万トンが海などに飛散したと見られている。これを紫外線で細変片されたプラスチックごみが吸着、それを食べた生物による食物連鎖の果てでヨコエビに辿り着いたらしい。BOOKウォッチではすでに『世界の海へ、シャチを追え!』(岩波書店)で同じような事例を伝えている。

 海溝内海水の変化はそれだけではない。地震が起きると、ケイ酸塩と鉄、マンガンの濃度が激増していることも分かったという。これらの元素は一般に地殻変動の際によく観察される物質で、蒲生さんは検証の重要性を指摘している。

 このほか、海底火山の話もエキサイティングだ。海底火山は3種類だと思われてきた。海嶺系火山、海溝付近大陸寄りにある島弧・海溝系火山とホットスポット系火山だ。ホットスポット系火山は海洋プレートをマントル最深部からの上昇流が突き破って噴出した火山をいう。プレートが西へ移動していくのでマグマ供給が断たれて活動が終わる。例としては、今年7月に新島が出現したハワイ諸島がある。西のミッドウェー諸島、さらに西北の天皇海山群(余談だが、命名はアメリカ人ディーツ)に連なる山々が活動を終えたホットスポット系火山だ。

 以上の3種のほかに、プレートが海溝へと沈みこむ少し手前で小規模な火山群(プチスポット)が見つかった。2006年のことで発見者は日本人だ。

 「母なる海」「われは海の子」などとよく口にする。しかし、海のことはほとんど知られていない。読み終わったとき、中学生になって初めて英語や方程式を学んだ時に経験した、ときめいたあの気分がよみがえってきた。

 蒲生さんの類書には『日本海 その深層で起こっていること』(ブルーバックス)のほかに『海洋地球化学』 (KS自然科学書ピ-ス)『海洋の科学―深海底から探る』(NHKブックス)などがある。

BOOKウォッチ編集部 森永流)
  • 書名 太平洋
  • サブタイトルその深層で起こっていること
  • 監修・編集・著者名蒲生 俊敬 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2018年8月22日
  • 定価本体1000円+税
  • 判型・ページ数新書・276ページ
  • ISBN9784065128701
 

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