新書の日本史ブームが止まらない。本書『陰謀の日本中世史』 (角川新書)もヒット間違いなしだろう。
なにしろ「陰謀」という狙いどころが歴史好きをくすぐる。加えて著者の国際日本文化研究センター助教・呉座勇一さんは、前著『応仁の乱』(中公新書)で47万部を突破したブームの生みの親。いま引っ張りだこの人だからだ。
誰もが思うのは、前著のベストセラーに気を良くして、さっそく「柳の下」を狙ったのではないかということ。呉座さんはきっぱり否定する。本書の構想は『応仁』と同時期。その前に2冊の一般向けの歴史本を出していたのだが、いずれも軽いタッチで学界内では眉をひそめる向きがあった。この2冊に続けて「陰謀もの」を出したのでは、ますます軽薄な印象を持たれる、というわけで本人いわく「重厚で本格派」の『応仁』を先に出版したという。
ところが『応仁』が、思いのほか売れてしまった。そして講演やら取材やらで忙しくなり、同時進行だった『陰謀』が予定より遅れてしまった。
結果的に良かった面もありそうだ。本書を手に取ればすぐにわかるのだが、「陰謀」というおどろおどろしいタイトルの印象とは異なり、かなり真面目な、きちんとした仕立てになっている。『応仁』での学術的な記述と同じように、史料を押さえた説明が続いているのだ。硬派本で大ヒットの実績があるので、過剰に読者に迎合する必要がなくなったという面があるのではないか。
タイトルからは一瞬、日本中世史の裏に陰謀があったことを明かす本かと誤解しそうだが、ちょっと違う。テレビや雑誌などで面白おかしく語られる「陰謀論」が、いかに史料に基づいていないか、その反証が続く。
「本能寺の変に黒幕あり」「関ヶ原は家康の陰謀」「義経は陰謀の犠牲者」...全て違います、というのが著者の主張だ。意表を突くような、あるいは確かにそんなこともありそうだと思われる俗説の数々を退ける。
あえて「陰謀」というタイトルにしたのは、世間でそうした論考が大手を振っていることへの警告の意味もあったようだ。最近ではネットでも様々な「陰謀論」がまき散らかされている。終章ではわざわざ「陰謀論はなぜ人気があるのか」という項目を立てて、陰謀論の特徴や、人はなぜ陰謀論を信じやすいかなどについても言及している。
呉座さん、それに『日本史の内幕』の磯田道史さん、『日本史のツボ』の本郷和人さんが今の歴史ブームを引っ張る「三羽烏」というところか。それぞれが売れている。テレビなどに登場する機会も多い。日本史業界は大変な活況にあるようにも見える。ところが実際にはそうではないのだという。
たまたまネットで本郷先生の小論を見たら、中世史の学界は閉塞感に覆われていると嘆いていた。網野善彦、石井進の両巨頭を亡くし、「祝祭のあと」なのだという。出版社の編集者からも「現状では『日本の歴史 全30巻』のような大きな企画は立てられないと言われたそうだ。
ブームの表層だけ見ていたのでは、なかなか深層が分からない。歴史というものも、きっとそうなのだろう、と改めてそう思った。
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