東京都北区にある王子北教会の牧師・沼田和也さんは、信者であるか否かにかかわらず、悩み相談を受け付けている。複雑な事情を抱えた人、「死にたい」とこぼす人など、さまざまな人の苦しみと向き合ってきた。
沼田さんの新著『弱音をはく練習 悩みをため込まない生き方のすすめ』(KKベストセラーズ)には、嫉妬、虐待、自傷、不倫など、人に言いづらい数々の「弱音」が登場する。それに対して、牧師としてキリスト教にのっとって教え導くというよりは、自身の経験やこれまで受けた相談にもとづいて、一人の人間として寄り添って書いている印象を受けた。今、孤独を抱えている人に伝えたいメッセージとは。王子北教会にお邪魔して、お話を伺った。
――牧師さんが書いた本なのに、キリスト教を全面に出していないのが新鮮でした。なにか深い意図があったのでしょうか?
まあ、お坊さんなどの宗教家が自己啓発本を書くようなものですよね。実は、タイトルも装丁もわざと、いかにも自己啓発本風にしています。普段そんなに本を読まない人にも手に取ってもらって、何かを味わってもらえたら嬉しいなという狙いです。でも、大型書店ではキリスト教の本棚に置いてあったんですよ。読んでほしい人に気づいてもらえないかもなあと、もどかしい思いはちょっとあります。
――幼稚園の園長をしていた時にストレスから副園長に暴言を吐き、精神科に入院したことや、青年時代の不登校・ひきこもり・中退経験、他人への妬み嫉みなど、ご自身の過去を赤裸々に書いているのが衝撃でした。
私のどうしようもない話を読んで、「牧師みたいなまじめそうな仕事をしている人でも自分と同じじゃないか、じゃあこれでいいんだ」と思ってくれれば、という思いで書きました。
4世紀末のアウグスティヌスという人の『告白』という自伝があるんですが、前半はキリスト教徒になる前の話で。今でいう女遊びみたいなチャラい生活をしてたって書いてあるんです。彼なりに、かっこ悪いことを神の前で正直に告白しようと思ったんじゃないんでしょうか。いかに立派に努力して信仰に至ったかということだって、書こうと思ったら書けたと思うんです。だけどそうせず、批判されかねないことも書いている。そういう伝統がキリスト教の中にあるのであれば、私自身も神の前で嘘はつきたくないと思いました。過去を書くのは怖かったですけどね。
――聖書のネガティブな言葉も紹介されています。ヨブ記という書物で、試練に遭ったヨブが「私の生まれた日は消えうせよ」「なぜ、私は胎の中で死ななかったのか」、つまり自分など生まれてこないほうがよかったと語る部分が引用されていますが、聖書に抱いていたイメージとのギャップに驚きました。
実は、ネガティブな記述は聖書にしばしばあるんですよ。イスラエルの人たちは、紀元前にも国を滅ぼされたり、イエスの死後もローマ帝国に滅ぼされて、エルサレムの神殿を破壊されたりした歴史があります。今も嘆きの壁が残っていますよね。さらに古代は疫病や飢饉もあって、死がとても身近な存在でした。当時の人たちが信仰を育むうえで、ネガティブな感情とどう向き合うかというのは、おそらくですけど、現代の我々が考えるよりも遥かにきついことだったんですね。
――本書には、子どもを虐待してしまい、「我が子をどうしても愛せない」と言う女性が登場します。虐待までは行かずとも、家族との関係に苦しんでいる人は多いはずです。
その女性をはじめとして、虐待をしてしまうという方とも話してきました。そういう相談をされた時に、私はその人を責めることができません。傷口にさらに塩を塗っても何の意味もありませんから。誰かに言わされているのではなく、自ら己の加害性について語っているということ、これだけで十分なんです。私はそこに、その人が変わり始めるきっかけがあると思います。
それよりもやっかいなのは、悩み相談に来ているんだけど、自分には一点の非もないと思っている人です。そういう人は、ややもするとちょっとした私の言動で激怒します。「私が悪いと言うのか」、「あなたには私の苦しみがわからない」、あるいは「あの人もダメ、この人もダメ、頭の悪い人間ばっかりだ」とおっしゃる方もいて。そう思っている間は、自分が変わるのは難しいですよね。
最初に出した『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)という本にも書いたのですが、入院した精神科の先生に気づかされたことがあるんです。私が、職場でこういうことをされてつらいんだと話すのを、最初はじっと聞いてくれていたんですが、ある程度話した時に「それでいいんですか?」と言われたんです。「そうやって何もかも他人のせいにして、自分は全く悪くないと思っていたら、他の教会に赴任してもまた同じトラブルを起こしてクビになるだけですよ」と、はっきり言われました。
最初は腹が立ちましたね。でも先生は粘り強く「よくよく考えてみて」と言い続けました。それで私、入院中に、逮捕される夢を見たんですよ。誰かが同伴しているんですが、逃げようと思えば逃げられそう。でも私は交番まで行こうと思っていて、最後交番が見えてきて「ああ、これで......」と思ったところで目が覚めました。その夢を見たあたりから精神科医の先生に噛みつくことがなくなりましたね。
自分は他人のせいにばかりして、文句ばかり言っていたなと、先生に気づかされました。他人のせいでもないし、さりとて自分のせいだけでもないし、世の中は複雑な関わりでできていて、ちょっとした行き違いが積み重なって苦しい思いに至ってしまう......実際にはそういうものなんだなと、深く納得できたんですよ。
――苦しみを抱えていても相談できる相手がいないという人は、どうすればいいのでしょうか。
中森弘樹さんという方が『「死にたい」とつぶやく 座間9人殺害事件と親密圏の社会学』(慶應義塾大学出版会)という本の中で、「親しいからこそ話せない」ということを言っているんです。普段から親しくしている人に「死にたい」と言ったら、「そんなこと言っちゃだめ」と説得されちゃったりします。だから言えないんですよね。
座間の事件の被害者たちは、Twitterで「死にたい」とつぶやいていて、犯人は「自分も死にたいんだ。話聞くよ」と声をかけました。この人だったら、「死なないで」と言わずに話を聞いてもらえるという安心感があったんですね。それがああいう悲惨な事件になってしまった。
そこでわかることは、人は「死にたい」レベルの苦しいことがあった時、近くの人には話しにくいということなんですよ。だから、普段付き合いがある人たちとは別のところ、しかも自分の身の安全が保障された状態で話せる場所が必要だと思いますね。
――王子北教会はまさにそういった場の一つだと思います。他にはどんな場所がありそうでしょうか?
一部のお寺もそうですし、チャットでSOSを受け止めてくれる「あなたのいばしょ」というサービスもありますね。あとは、精神科のデイケアや社会福祉法人、NPOなどになるのかな。いずれにしても、まだまだ場所が少ないですよね。
それに、地方にも福祉的な場所があるにはあるんですが、そもそも車がないとあちこち行けないので、自動車を持っていない人はアクセスが難しい。本数の少ない電車やバスなどで移動するのがすごく負担になったり。私も地方都市の教会にいたのでわかります。あとは、地域の人に顔が知れ渡っていて、出かけるところを見られたくないという事情もありますよね。
――SNSは、そういった場のかわりにはならないのでしょうか。
SNSでいいねをもらうのでは、なかなか満たされないものがあるだろうなと思います。この教会に来る人は、お菓子を食べたりお茶を飲んだりしながらお話しするのが面白いみたいなんですね。「Twitterでは叩かれそう」とか「友達にはバカにされそう」と思うことでも、面と向かって、赤の他人になら話せるんです。
教会には、70代の人もいれば、30代くらいの人も来ていたりして。若い人だと特に、同じくらいの年齢の人としか付き合いがないことが多いから、たとえば年配の人が自分の思ってもみなかったことを言った時に、すごく刺激になるようなんですね。そういうことは、同じ趣味や主張の人同士が集まりやすいTwitterでは、なかなか起こらないことでしょう。
「毎週金曜日の午後7時からは聖書を読む会、日曜日の午前10時半からは礼拝をしているので、ぜひいらしてください」と、沼田さんはにこやかに誘ってくださった。一対一での相談は、電話予約(03-3912-8600)で受け付けているという。以前は電話での相談も受けていたが、重労働になってしまい、現在は教会に来られる人に限っているそう。それだけ弱音をはける相手を求めている人が多いということだろう。
王子北教会にアクセスしやすい人は、一度訪れてみるのもいいかもしれない。もしすぐに話せる場所が見つからなさそうなら、『弱音をはく練習』が悩みに寄り添い、ヒントをくれるはずだ。
■沼田和也さんプロフィール
ぬまた・かずや/日本基督教団 牧師。1972年、兵庫県神戸市生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。現在は東京都の小さな教会(日本基督教団王子北教会)で再び牧師をしている。著書に『牧師、閉鎖病棟に入る。』(実業之日本社)、『街の牧師 祈りといのち』(晶文社)がある。ツイッターは@numatakazuya
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