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【本屋大賞ノミネート】ラストに絶句...。誰か1人を生贄にしなければ脱出できない。救われるのは誰か?

方舟

「絶句のラスト1ページ。」

 夕木春央さんの『方舟』(講談社)は、まるで「天地が反転した」かのようなラストで、SNSを中心に話題となっている。「週刊文春ミステリーベスト10 2022」国内部門第1位をはじめ、数々のミステリー賞にランクイン。4月12日に発表される「2023年本屋大賞」のノミネート作でもある。

 物語の舞台は、山中に埋められた貨物船のような地下建築「方舟(はこぶね)」。旧約聖書に出てくる「ノアの方舟」は、大洪水を生き延びるためのものだった。しかし本作の「方舟」は、それ自体が今にも水没しようとしていた――。

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 地震、そして殺人事件が起こった。出口は塞がれた。水が迫ってきている。タイムリミットまで1週間。救済など見当たらない「方舟」という名のクローズドサークル。残された者たちの謎解き、犯人との駆け引きが、この極限状況で始まった。

僕らがいていい場所ではない

 柊一(しゅういち)は、大学時代の友人の裕哉、隆平、麻衣、花、さやか、従兄の翔太郎とともに、山奥にある謎の地下建築を目指していた。「すごい面白い場所がある」という裕哉の話に、皆が興味をそそられたのだ。

 マンホールのような入口から穴を降りていく。低い天井、薄暗い蛍光灯の明かり、汚れた床、安っぽい建材で作られた壁、張り巡らされた配線。探索していたら拷問器具まで出てきて、不穏な空気が漂う。地下3階まであるが、そこは水没していた。

「僕らがいていい場所ではない」――。犯罪組織のアジトか宗教団体の施設かはわからないが、全員がそう感じた。しかし、今日はもう日が暮れていて帰れそうにない。するとそこへ、山中で道に迷ったという矢崎一家(父・母・息子)が現れた。偶然出会った7人と3人は、こうして得体の知れない地下建築で一晩をともにすることになる。

 事故物件で肝試しをしているような状況だからか、「一番嫌な死に方」の話題になった。焼死、生き埋め、過労死、病死、溺死......嫌な死に方ランキングを作ったら、絞殺や刺殺は意外と上位ではないかも、という物騒なことを言う者もいた。

誰か1人を生贄に

 翌日の明け方、地震が発生した。巨大な岩で扉が塞がれ、10人は閉じ込められた。いま考えられる脱出方法は、誰か1人が地下2階の巻き上げ機を操作し、地下1階の扉を塞いでいる岩を地下2階に落とす、というもの。ただ、そうすると9人は助かるが、今度は地下2階が岩で塞がれその人が取り残されることになる。

 一方で、地下3階を満たす水が地震で勢いを増していた。そう遠くないうちに「方舟」は水没する。やはり9人が助かるためには、誰か1人の命を犠牲にしなければならない。「誰か」に対する罪悪感と、それは「自分」かもしれないという恐怖が、同時に押し寄せる。

 なんとそこで、またしても不測の事態が起こった。首にロープが巻き付いた遺体が見つかったのだ。地震が起き、閉じ込められ、水が侵入し、誰かを生贄(いけにえ)にしなければ地上に戻れないことが判明したタイミングで。

「今このとき、この状況下で殺人が起こるのだけは、絶対におかしかった。僕らはこれから、自らの命を犠牲にして地下に留まる誰かを決めなければならない。そんな最中に、狙い澄ましたように(後略)」

 生贄を無記名投票で決める場合、恨みがある人物の名前を書くこともできる。くじ引きで決める場合、1人殺せば分母が減り、犯人も含めて当選確率が上がるだけ。これは「やるだけ丸損の犯罪」なのではないか。一体誰が、何のために......。

「九人のうち、死んでもいいのは、――死ぬべきなのは誰か? それは、彼を殺した人物以外にない。犯人以外の全員が、そう考えているに違いなかった。」

命運は犯人に握られている

 残酷なまでに彼らは追い詰められていく。閉鎖された地下建築という現実離れした舞台設定も相まって、スリル満点である。誰が犯人なの? この人怪しくない? と1人1人に疑いの目を向けつつ、水没までのタイムリミットを意識しながら、犯人特定の瞬間はいまかいまかと展開を見守った。

「犯人が判明したら、僕らは、その人物に『どうせ死刑になるのだから、その命を使って我々を救ってくれないか?』と、説得をするのだ。(中略)ある意味、僕らの命運は犯人に握られているのだ。僕らも犯人も、どちらも窮地にいることには変わりなかった。」

 極限状況に置かれたらどうするのかという問いを、本作は読者に投げかけているように思える。ピンチの時こそ、本性が出たりするもの。もはや綺麗事は言っていられない。自分の命が懸かった局面で、残された者たちは、犯人は、何を守ろうとするのか。

 手がかりが少ないこともあり、謎解きはとんとん拍子には進まない。こんなに悠長にしていて大丈夫なの? と、読みながらじりじりするところもあった。そしていよいよ犯人が特定され、地上の光が差し込んだような気がした矢先......まさに天地がひっくり返った。

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■目次
プロローグ
1 方舟
2 天災と殺人
3 切られた首
4 ナイフと爪切り
5 選別
エピローグ

■夕木春央さんプロフィール
ゆうき・はるお/2019年、「絞首商会の後継人」で第60回メフィスト賞を受賞。同年、改題した『絞首商會』でデビュー。近著に『サーカスから来た執達吏』がある。


※画像提供:講談社



 


  • 書名 方舟
  • 監修・編集・著者名夕木 春央 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2022年9月 6日
  • 定価1,760円(税込)
  • 判型・ページ数四六変型判・304ページ
  • ISBN9784065292686

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