(店名)CAFE SEE MORE GLASS
本好きがゆっくり過ごせるスポットを紹介する連載「しあわせの読書空間」。第3回は、絵本を読める喫茶店「CAFE SEE MORE GLASS」(カフェ シーモアグラス)を訪れた。
東京メトロの明治神宮前(原宿)駅からわずか徒歩3分。1996年のオープンから26年間、原宿のにぎわいの中、落ち着いた雰囲気のあるビルの地下1階で静かに営業を続けている。
あたたかみのある木の扉を開けると、そこには秘密基地のような空間が。奥に細長く伸びる間取りはどことなく洞窟を連想させ、ワクワク感がある。
8人ほどで満席になるこぢんまりとした店内は、落ち着く安心感がある。壁の本棚には、色とりどりの絵本がずらりと並ぶ。
ギャラリーカフェでもある店内には、絵本作家・荒井良二さんや田村セツコさんらの原画も展示されている。入り口の近くには、思わず手に取りたくなるようなポストカードも。
都内にブックカフェは数あれど、ここのように「絵本」をメインにしたお店は珍しいのではないだろうか。原宿で買い物をした帰りに訪れたり、近くの会社に勤めている人が休憩時間に立ち寄ったりすることが多いそう。子ども連れというよりは、大人が絵本を手に取って楽しむ空間だ。
なぜ「絵本」だったのか。店主の坂本織衣さんは、こんな話を聞かせてくれた。
「もともとここはオフィスビルだったので、お客さんは昼休みに足を運んでくださる会社員の方が多かったんです。だから、少ない時間の中でも『1冊読み切った』と思っていただきたくて。絵本なら『読むぞ』と構えず気軽に手に取って、読み切れますよね」
思い出の詰まった懐かしい1冊を、ひさびさに読み返すのもよし。表紙が気になった1冊をなんとなく開いて、画集のように眺めるのもよし。
居心地のいい店内に並んでいる絵本たちには、普段はなかなか自分から手に取らないようなものを選びたくなる、不思議な魅力がある。
シーモアグラスでは、お客さんと絵本との出会いが広がるような、さまざまな展示が毎月のように行われている。12月5日~28日の期間(火曜・金曜は休み)は、「イランの絵本と靴下展 vol.3 マルジャーンからのギフト」を開催中。毎年12月に開かれ、今年で3回目となる人気企画だ。
取材当日も、店内にはイランの絵本や、イランの首都・テヘラン生まれのイラストレーターであるマルジャーン・ヴァファーイヤーンさんの原画、絵皿の他、毛糸で編んだ小物類などが並んでいた。
中でも目を引いたのは、「イランの白い靴下」企画の作品としてマルジャーンさんが手がけた、1足の靴下だ。
羊毛の靴下をそれぞれアレンジして、作品を作り上げるという企画。マルジャーンさんの作品は、ビビッドな色合いの、女の子らしき人物の刺繍がぐっと目を引く。シーモアグラスの公式インスタグラムでは、この作品のタイトルやマルジャーンさんがそこに込めた想いも紹介されている。
タイトル「私は世界と踊りたい」
【作者のひとこと】
わたしがこのタイトルをつけたのは、
この世界、特に混乱する中東が、
より良い場所であってほしいと願っているからです。
翻訳:愛甲恵子さん
店内ではもちろん、マルジャーンさんの絵本も読むことができる。展示されているイランの絵本は邦訳されていないものも多いが、店内の絵本には和訳をプリントアウトした紙も添えられているので、イラストとともに物語も楽しめるのが嬉しい。
さらに今回は、2022年秋に日本で初めて刊行された、イランの映画監督であるアッバス・キアロスタミさんの絵本『ぼくは話があるんだ、きみたち、子どもたちだけが信じる話が』『いろたち』(カノア)も販売されている。
2冊とも、邦訳されたのは今回が初。翻訳を手がけた、ペルシャ語翻訳家の愛甲恵子さんに、キアロスタミさんの絵本が持つ魅力を聞いてみた。
「(キアロスタミさんは)グラフィックデザイナーでもあったんですが、絵はあんまり自信がない、才能がなかったというようなことをご自身で仰っていました。ただ、やっぱり絵を描くことが好きだったんだと思います。2019年にはテヘランで展覧会を開いたり、そこで展示された色鉛筆画の画集も出していたりするんです」
絵に関しては自信がないと話していたというキアロスタミさんは、グラフィックデザインの延長として、絵本を作ったという側面もあるようだ。
「それもあって、グラフィック的にも非常に素晴らしい絵本だと思います」
『ぼくは話があるんだ、きみたち、子どもたちだけが信じる話が』は、1970年初版の絵本。アフマディーさんという詩人が書いた物語に、キアロスタミさんが絵をつけた。写真を活用したコラージュが印象的。
『いろたち』は、「あか」「きいろ」「くろ」など、それぞれの色を持つものを列挙し、そのイラストに簡単な一言を添えた絵本。たとえば「きいろ」では、「ショーレザルド」というイランの伝統的な料理が登場する。これはサフランで色付けされたライスプディングで、日本の子どもたちには馴染みのない料理だが、あえて「ショーレザルド」という名前のまま邦訳版を刊行したそうだ。
キアロスタミさんは最後に、色のついていないところは自由に塗っていいんだよ、とささやく。子どもたちが色えんぴつなどでページに色を塗ることを促すのだ。ページの紙も、そのために塗りやすいものが使われているのだそう。
「普通は、絵本に落書きしちゃダメだよって言われますよね。でも、この絵本は『塗っていいんだよ』と言ってくれる。そこがこの絵本の特徴ですね」
遊び心たっぷりの『いろたち』。実際に購入して、身近な子どもにプレゼントするのも楽しそうだ。
店内の絵本は基本的に閲覧用だが、展覧会中販売する新刊絵本や店頭で販売する古本絵本など、種類は少ないが絵本の販売もはじめている。
不思議な安心感のある空間はつい長居したくなってしまう。せっかくなので、おすすめのメニューを注文してみることに。
今回いただいたのは、人気メニューのプリンセット(ドリンク付き。880円)と、冬のおすすめのラムクリームチャイ(650円)。プリンセットのドリンクは、ルイボスティーをチョイスした。
手作りのプリンは、喫茶店らしい固めの仕上がり。生クリームとさくらんぼと一緒にのった、スパイスが絶妙に効いている。
そしてラムクリームチャイは、ひと口目からラムの風味がぐんとチャイの味を引き立ててくれる。甘くないのでスイーツによく合い、体の芯から温まるような1杯だ。
シーモアグラスでは他にも、玄米カレーセットやチャイ、たんぽぽコーヒーなどを提供している。デザートはいずれも手作り。人気のチャイはあえて無糖で、きび砂糖を添えて出すのがシーモアグラス流だ。
スパイスの香りを感じながら、イランの絵本を手に取りページをめくり、異国情緒にたっぷりと浸った。
普段は書店で絵本コーナーに足を向けることも、オンラインストアで絵本を検索することもない。それなのに、シーモアグラスに並ぶ絵本たちを眺めていると、ページをめくってみたくなる。
この、どこかノスタルジックな気持ちになれる優しくあたたかな空間が、そうさせるのかもしれない。
・CAFE SEE MORE GLASS
https://lit.link/seemoreglass
東京都渋谷区神宮前6-27-8京セラ原宿ビルB1F
営業時間:12:00~18:00(営業時間、店休日は月により変動。最新情報は公式ブログとSNSで更新)
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