(店名)KAIDO books & coffee
本好きがゆっくり過ごせるスポットを紹介する連載「しあわせの読書空間」。第2回は、京急線新馬場駅から5分強のブックカフェ「KAIDO books & coffee」を訪れた。
お店のある北品川商店街は、かの有名な「東海道五十三次」で、日本橋から数えて最初の宿場町「品川宿」のあった地域。品川という地名からイメージするビジネス街とは打って変わって、どこか下町風情が残る。学生服の専門店や、チェーン店にはない雰囲気のある純喫茶などを眺めながら歩いていると、路面にKAIDO books & coffeeが現れた。
ぱっと目を引く、鮮やかな赤いのれん。そこには、さまざまな格好・年代の人々や、さらには動物たちまでが店内で思い思いに過ごしている様子が描かれている。見ているだけで心がぽかぽか温かくなるようだ。こののれんは季節ごとに入れ替わるようで、店の公式インスタグラムでは「毎年恒例の冬支度です」と紹介されている。
きびきびと動き回る店主の佐藤亮太さんが、笑顔で出迎えてくれた。佐藤さん自身もここ品川区で生まれ育ったという。
内装は本棚やテーブルなど木製の家具で統一され、温かみのある店の雰囲気にマッチしている。どこか懐かしい気持ちになるのはなぜだろう......と店内を見渡して、ふと目に留まったのは客席のイスだ。
シンプルなこのイス、どこかで見た覚えはないだろうか。そう、小中学校でよく使われているものだ。
これは、佐藤さんの母校である品川区内の中学・高校から譲り受けたそう。ブックカフェの主役ともいえる本棚や、さらにテーブルは、品川という土地とゆかりのある地域の間伐材を使って作られたものだ。
「なるべく木を使って落ち着く空間にしたいと思っていました。たとえば、山梨県早川町や長野県飯田市などの間伐材を使った、オリジナルの調度を置いています。早川町はもともと品川の交流都市だったり、飯田市は品川とリニア(新幹線)でつながる場所だったり。そんなふうに、土地と情報をつないでいくような、ストーリーが感じられる場所にしたくて」
もともとは自治体のプロモーションに携わっていた佐藤さん。なぜブックカフェを始めることにしたのだろう。
「歴史や地理関係の古書専門店『街道文庫』を経営していた田中義巳(たなか・よしみ)さんという人が、お店を閉めることになったのがきっかけでした。保管されていた書物には、なかなか手に入らないような貴重な資料も多かったので、ただ自宅に保管しておくのはもったいないなと思って。どうせならもっと多くの人に手に取ってもらえる形にして、一緒にやりましょうと声をかけました」
現在、KAIDO books & coffee の蔵書は約4万冊。「街道文庫」で扱っていた本の他、自治体や出版社から寄付された本も多数あるという。並べられている書籍のうち、値札がついているものは購入ができる。
なかには、自費出版された本も。土地などについて書かれた、ある種マニアックな分野の本を「ここで販売できないか」と紹介されることがままあり、「おもしろそう」「売れそう」と判断したものは店頭に並べる。
「並べてすぐに売れるというわけではないので、長い目で見て、長期スパンで売れていくような本を選ぶようにしています」
通常、書店や出版社では、発売して1週間、1か月後など売れ行きの「初速」が重視されると聞く。そうではなく長い目で見て手に取ってもらえそうな本がセレクトされるここなら、他の書店にはないような本にも出会えそうだ。
KAIDO books & coffee のコンセプトは、「全国のディープな旅」。本棚にも、土地などに関連する本が地域別に分類されている。佐藤さんによると、一般的な書店にはまず並ばないような非常にマニアックな書物も揃っていて、学者や作家などの職業の人が訪れることもあるという。
立ち寄ったお客さんが本棚に自分の地元について書かれた本があるのを見つけ、つい手に取ってしまうこともあるのだとか。
「普通の本屋で(地元の本を)見つけてもわざわざ読まないけれど、ここにあると読みたくなるということもあるみたいです」
ぱっと見、コアな読者層向けの本が多く並んでいるようにも見える本棚で、思わず地元に関する1冊が目に入ったら読んでみたくなるのもわかる気がする。そんなふうに、日常では自分から手を伸ばさないような本に出会えるのも、ブックカフェという空間の魅力だ。
佐藤さんが「旅」をテーマに据えたのは、このお店が地元・品川の街が賑やかになるきっかけになるようにという思いからだった。羽田空港が近いということもあり、日本だけでなく世界中から人が集まってくる拠点になればいい。そんな願いを込めた。
「このお店の立地が、東海道五十三次における1番目の宿場町、旅の拠点となる街に位置していたということも理由です。昔は旅人が多く訪れて賑わっていた場所ですが、今はそういうわけではない。もう一度、多くの人が集まれる拠点を作りたかったんです」
一方で、旅行でこの地域を訪れた人だけをターゲットにしているわけでもない。「できるだけお店に色をつけないようにしているんです」と、佐藤さんは表現した。
「内装も含めて、シンプルな空間であるように心がけています。『この店はこうじゃなきゃ!』と決めつけてしまうのが嫌なんです。商店街の中にあるお店ですし、誰でも来られるようなフラットな空間にしておきたいんです」
ブックカフェではあるものの、必ずしも読書だけに特化した場所ではなく、お客さんそれぞれが過ごし方を決めて、好きなように思い思いの時間を過ごせる場所でありたいという。
その言葉通り、取材当日も、店内では多くのお客さんがさまざまに自由な時間を満喫していた。本の世界に没頭する人。友達と談笑する人。犬OKの店内で、愛犬とくつろぎながら店自慢の生スコーンをゆっくり味わう人......平日夕方ごろの店内は活気に満ちていた。
「曜日や時間帯によってもかなり雰囲気が変わります。やっぱり、ランチタイムは大勢のお客さんで賑わいますし、ゆっくり読書するのにおすすめなのは朝や夕方でしょうか」
本棚にもなっている階段を上り2階へ上がると、そこは賑やかな1階とはがらりと様子が変わる。小さな図書館のような、静かな空間が広がっていた。
地名で分類された棚や、絵本が並ぶ棚も。かつて夢中で読んだ、あるいは誰かに読み聞かせてもらった、思い出の絵本にも再会できるかもしれない。
ここで、先ほど1階のカウンターで注文しておいた、佐藤さん自慢のカイドードッグ(600円)と生スコーン(400円)を、アメリカーノ(500円、いずれも税込)と一緒にいただく。
カイドードッグは、北品川商店街の中にある近所の肉屋に佐藤さんがソーセージの作り方から教わり、同じく近所のイタリアンレストランのオーナーシェフから焼き方を伝授してもらいながら、都内のあらゆるホットドッグを食べ比べ、研究した末に完成させた逸品。
主役であるハーブソーセージの肉肉しいジューシーさと言ったら! トマトとチーズがアクセントを加えつつも、あくまで肉とパンのシンプルな美味しさで勝負する! ......という気概が伝わってくる。
カイドードッグを堪能したお次は、同店でもすぐ売り切れてしまうという生スコーンを口に運んだ。外側のカリッとした食感と対照的に、中はじゅわっとやわらかく、しっとりした口当たり。これまで食べてきた、口の中が渇きがちなスコーンとは全くの別物である。
「生スコーンは、通常のスコーンより生クリームをふんだんに使っているので、しっとりと仕上がるんです。材料はどれも、北海道産の牛乳、バター、小麦粉を使っています」
生スコーンは、プレーンの1種のみで勝負している。「味変できるように」と、クリームチーズに小倉あんも添えられているけれど、たしかにそのまま食べるのがいちばん美味しく感じた。コクがあるのに全然しつこくなくて、何個でも食べられてしまいそう。この生スコーンのために再びお店を訪れたくなるほどだった。
至高の生スコーンや、厳選された蔵書に後ろ髪を引かれながら店の外に出ると、17時前の商店街は家路につくのであろう人たちがちらほら歩いていた。
佐藤さんが「色をつけないようにしている」と話していた、KAIDO books & coffee。だからこそこのお店は街に馴染み、溶け込んで、訪れたお客さんを温かく見送ってくれるのだろう。
・KAIDO books & coffee
https://www.instagram.com/kaido_booksandcoffee/
東京都品川区北品川2ー3ー7 丸屋ビル1F
営業時間(火曜定休):8:30−18:00 貸切使用の場合あり
取材・文 犬飼あゆむ/撮影 元木みゆき
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