「あの女優みたいな外見に生まれたかったな」
「モデルのあの子くらい痩せたい。ダイエットしなきゃ」
「自分の顔のここが気に入らない。整形したい」
こんなことを考えたことがある女性は少なくないだろう。あなたもひょっとしたら、目標体重に向けて現在絶賛ダイエット中かもしれない。
私たちはなぜ「美しさ」を目指すのだろうか? 誰かに褒められるため? 誰かに愛されるため? 「痩せたい」と思う瞬間、そういった目的が頭にある?
「美しさ」「魅力」「欲望」はどこから来て、どこへ向かうのか。スウェーデンを代表する漫画家・文化人のリーヴ・ストロームクヴィストさんによる『欲望の鏡』(花伝社)は、そんな、SNS世代の私たちが抱える問いに挑んだ哲学的コミックだ。
本書の第一部「鏡の前の女の子」で取り上げられているのは、アメリカのお騒がせセレブ、カイリー・ジェンナーだ。カイリーがSNSにアップする写真を、世界中の人が憧れの目で、あるいは嫉妬や軽蔑の目で見る。ある若い女性はこう語っていたそうだ。
「本当はカイリーに興味なんて全然ない、なのに、催眠術みたいにじっと見てしまうのをやめられない、延々と何時間もずうっと」
カイリーは2015年のツイートでこう綴っている。
「私は、みんな/若い女の子たちを自分みたいな外見にさせようとか、すすめようとかしてないし、こういう外見になるべきだとも思っていない。」
それなのに、世界の人々、特に若い女性はみなカイリーのようになりたがる。カイリーでピンとこなければ、容姿で憧れを集めている日本の女性タレントを思い浮かべてみるといいだろう。なぜみんな、「あの人」になりたがるのだろうか?
リーヴさんは本作で、フランス出身の文芸批評家ルネ・ジラールによる「模倣的欲望」理論を紹介している。その理論によると、こうだ。
「肉体的な欲求(例えば、空腹)は別として、人間は他人が欲望するものを欲望する。」
あの子が持っているから私も欲しい。みんなが良いと言うから良いと感じる。こういった感覚は、あなたにも心当たりがあるだろう。ではなぜ、他人が欲しがっているものを欲しいと思うのか。ジラールによるとこうだ。
「人間は自分が欲望するものを知っていない生物だ」
実は、私たちは自分が本当に欲しいものをわかっていない。そこで、何かを欲しがるお手本、ジラールの用語で「欲望のモデル」を選び出す。それはカイリーのような有名人であったり、流行りのバッグを持っている友達であったりする。そうして、「欲望のモデル」が欲しがっているものをそのまま自分も欲しがるのだ。
誰かが欲しがっているものを欲しがるのは、自分が本当は何が欲しいのか考える必要がないのでとても楽だ。しかし、楽であると同時に、自分自身の欲望がどんどんわからなくなっていく。
ジラールはさらに、現代はますます自分の欲望がわかりづらくなっている時代だと指摘している。かつては宗教や家父長制など、「こうなるべき」「これを欲するべき」という決まりがあった。しかし今はそれらが取っ払われ、「自分らしく」「ありのままに」「やりたいことを何でもやっていいよ」という時代になってきている。自分の欲望を知らない人間たちにとって、「あなたが欲しいものは何でも手に入れていいよ」と言われることほど、ストレスなことはないのだ。
そこで、私たちはいっそう「欲望のモデル」を求めることになる。私は何を欲すればいいのか教えてもらいたがる。街じゅうに溢れる広告であったり、SNSに溢れるキラキラした生活であったり......。
それだけでなく、自分と「欲望のモデル」との間には、「競争」が生じる。あの子よりも細くなりたい、あの子よりも高いバッグを持ちたい。カイリーに憧れだけでなく嫉妬の目が向けられると書いたのはこういうことだ。こうして、私たちは自分が何を求めているのかわからないまま、ゴールのない欲望と競争におちいっていく。
なぜ私たちは「美しさ」を目指すのか。私たちの「美」への欲望が無意味にエスカレートしていく原因は、「模倣的欲望」理論で明らかになった。本書ではさらに、社会の変容、写真の発明、「美」とはそもそもどんなものなのかなど、あらゆる切り口から「美」と「欲望」を議論していく。SNSのタイムラインをスクロールする手を一旦止めて、本書とともに、自分や人々の欲望を一歩引いたところから見つめ直してみるのはいかがだろうか。
■リーヴ・ストロームクヴィストさんプロフィール
1978年生まれ。スウェーデンを代表する漫画家、文化人。ほかの著作に『禁断の果実──女性の身体と性のタブー』(相川千尋訳、花伝社、2018年)、『21世紀の恋愛──いちばん赤い薔薇が咲く』(よこのなな訳、花伝社、2021年)など。多くの作品が舞台化されている。
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